A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信した一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

ファッションについて

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どこかで「ADHDは服装に気を使わない」旨の文章を読んで「全くその通り」と感心した記憶はある。どこで読んだかは忘れた。

僕が服装に無頓着・無関心だから納得したのだが、これは本当にADHDに普遍的に当てはまる法則なのだろうか?

試しにADHDがなぜファッションに無頓着か説明してみよう。

ファッションに気を使うためには「ちょっとした努力の積み重ね」が必要である。定期的にユニクロしまむら、あるいはセレクトショップに通って服をチェックしなければならない。流行の考慮も必要だ。手持の服とのコーディネートも考えなければない。古くなったら処分しなければタンスがあふれる。このような非定型で長いスパンで回る作業はADHDの苦手とするところである。故にADHDはファッションに疎いのだ。

もっともらしいね。

もちろんファッションが趣味のADHDも中にはいるかもしれない。ADHDは好きなエリアには猪突猛進である。ショップ巡りと服の購入はハンティングにも似てADHDと親和性が高そうだ。コーデの検討はクリエイティブな課題でありADHDには向いている。

でもファッションに興味がなきゃダメだよな。ADHDは興味のないエリアにはとことん無頓着だ。

それからファッションに気を使わないのはADHDの専売特許ではない。定型脳だって全くファッションに気を使わない人はいる。事実「お洒落じゃないどころか小綺麗ですらない」オジサンは多い。ダサいオジサンが全てADHDASDではない。(もちろん)

しかし、しかし。やはりADHDにはファッションに無頓着になる固有の理由があると僕には思われる。

それは「ADHDには安定したいセルフイメージがない」ことではないか。

どうなんだろう。一般化してしまっていいのかな。僕個人の問題ではなかろうか。ちょっと自信がないが議論を続ける。

感情のジェットコースターを生きているADHDは、対人関係でも「上機嫌」と「不機嫌」や「人懐こい」と「人を寄せ付けない」の両極端を行ったり来たりするのではないだろうか。「面白いやつだな」と思われることもあるが、ドン引きされることもある。

自分がどう見られてるか分からないのである。自分の客観的イメージがないから、服が似合っているかどうか分からない。

そういうこともあるんじゃないか。どうですかね。