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A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

おにぎらずとか森山大道とか

おにぎらず スープジャー GR カメラ 森山大道

昨日の夜は酩酊しながらジャガイモを刻んでレンチン。冷やして冷蔵庫へ。

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アーンド スープの仕込み。

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翌日、ジャガイモをマヨネーズで和えてクレソルまぶしたのと、たくあんを別タッパーに詰めた。

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おにぎらずは牛蒡入り牛しぐれ煮。生姜が美味いのだ。大目に入れたがまだ足りなかった。次回はもう少し増やそう。

このしぐれ煮を、何とスライスチーズと挟んだ。美味いんだなこれが。チーズ有能である。醤油に合う。味噌に合う。和の食材とも、結構うまくやっていく懐の深さよ。

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森山大道。

初めてその名前を知ったのは、GRDⅢのムックだった。

カッコイイ写真だな、と好感を持った。

でも、それだけ。その道では大家らしいけど、所詮写真だよな。

所詮写真じゃねーか。

異論は認める。

前にも書いたと思う。

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傑作!とされる写真だって、その時、その場に居て、同じ機材で、同じ絞り・シャッタースピード(ISO、ホワイトバランス等々)でボタンを押せば、素人だって撮れるわけだ。

暴論承知。

でもまあ、アートじゃないよな。と思う。

徹底的に磨き上げられた技術をベースとして、センスと思想が加わったのがアートだろう。

写真は技術が要らない。というと極論だろうか。ISOをどうするか。ホワイトバランスをどうするか。単焦点レンズかズームか。どの機材を使うか。それが、技術?単なる選択ではないのか?やってることは、息を止めてシャッターを押すだけ。

良い写真には、センスが必要だが、金と確率も大きくかかわってるんじゃないの?そんな皮肉すらADHD的に思い、書いてしまう。

絶景が見られる場所に、何時間もかけて出向いて、早朝or深夜に三脚をセットし、震えながらシャッターチャンスを待つ。それ、アートじゃねーだろ。

いかんな。ADHDのネガティブな方面が出ている。

そこでアレですよ。森山大道の言葉。

写真家がアートやんじゃねーよ(意訳)

同意。

もう一つ。これ、名言だと思う。

量のない質はない

とにかく撮りまくれ。

ラジャー!である。

言葉にすると簡単だが、実行するのは容易ではない。見慣れた光景である。大人になると、何の新鮮味もない。

近所のコンビニに行く途中に、何枚も撮っちまう。なかなか出来ることではない。

森山大道の写真はカッコイイ。(ホントにそう思う)

しかもそのカッコよさは、哲学に裏打ちされている。そこがまたカッコイイと思うのだ。

という訳で、ただ今森山大道オマージュな写真量産中なのである。とにかく量!

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今日はお弁当の準備をしなくて済むぜ。