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A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

「良かった探し」とか

本日のおにぎらずは、鳥の照り焼きとネギ味噌。

他に家族の朝食の残りの死者もシシャモ、鮭塩焼きをほぐしたん、漬物をサブアイテムとして持って行った。

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おにぎらず。美味かった。

サブアイテム。実に有効だった。

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適当に残り物を挟んだだけのおにぎらずでは楽しくない。

ちゃんと考えて具をはさみ、ちゃんと副菜を付けなければイカンなあと思ったのである。

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おにぎらずは、炭水化物&塩分過多になる傾向がある。白飯少ないと整形が難しい。白飯大量だから味が馴染む。うっかりすると濃いめになる。などと思って、薄味を志向していた。これが物足りない。やっぱり「白飯」ウィズ「『しょっぱい』が馴染んだん」は美味い。

参ったなあ、

と思いつつ、やはり味の濃い具と、冷えた白飯は実に合う。

実に参った。

スープは、ネギ(大目)その他、残り野菜と鶏肉、ユウキの化調無添加鶏ガラスープ。味噌汁より飽き易い。それでもやはり有能である。ちゃんと美味い。

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スープジャー万歳である。

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話変わって。

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昔ハウス名作劇場という良い子のアニメ放送があって(平日の19:30とかだっけ?)、妹がいたということもあって定期的に見ていたのだが、ポリアンナというシリーズの印象が残っている。(前にも書いたな)

「良かった探し」である。詳細は忘れた。ヒロインのポリアンナが、つらい日々を送りながらも「良かったこと」を探し、感謝して日々を過ごす、そんなストーリーだったな、という記憶である。

そうだ、良かった探しだ!

と、小学校高学年以降、ADHD的に辛い日常を送っていた私の心の琴線に触れたのだろう。

つい最近まで「『良かった探し的な生き方』=『感謝を忘れない生き方』は、正しい」と思っていた。

大人になってから、意識して実践してみる。

感謝の生活である。

これが、どうも全く有効じゃない。恐らくは正しいかもしれないが、有効ではない。過去に起こったことを感謝してみたところで、ストレス解消にも、慰めにもつながらなかった。(個人差はあるのか?)

『良かった』どころじゃねーよ怒
『感謝』どころじゃねーよ怒

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『良かった』はあくまで過去形なのだ。

過去のことを、今更『良かった』と振り返ってどうするんだ、と。

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二度と帰らないその時を、全力で感謝しろよ!怒

一日が終わった後で、ジクジクと良かった探ししてんじゃねーよ!怒

感謝すべきは・・・

今でしょ!!

ということで、子供の頃感銘を受けた「良かった探し」を、40越えて、ようやく、全力で乗り越えているところなのである。

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我ながら正しいと思うな。

一日を振り返って『良かった探し』するんじゃないよ。

今この瞬間が「良い」んだよ!!怒

今しかないでしょ!!

そして、たった今、全力で感謝するんだよ!!怒

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さらに言えば『良かった探し』ではなく『次の瞬間、とても素敵なことが起こるかも!?』と思って生きる方が100倍楽しい気がするのである。

大事なことなので、もう一度言う。

過去を振り返って「良かった」「悪かった」言っている場合ではない。

次の瞬間に、何か楽しいことが起こるかもしれない。

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いや、今この瞬間こそが、二度とない、取り返しのつかない、素敵な瞬間なのかもしれない。

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やっぱ未来に生きるべきっしょ!

過去よりも未来が大事だ!と思うのは、ADHDのなせる技ではないかと疑いつつ、未来に生きる方が自分には合っていると思ったりもするのだ。

本日もGRの「ブリーチバイパス」メインで。無機質なビルヂングには、このエフェクトが合う模様。