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A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

醜形恐怖症なるもの

GR_Digital_III ADHDとコンプレックス

醜形恐怖症
醜悪恐怖症 - Google 検索

この言葉を最近知った。

ああ。オレこれだったわ。と思った。

カタバミは地味だけど好きな花。 f:id:scotchandsoda:20151018211526j:plain

小学生の頃はかなりのナルシストだった。全能感、万能感があった。

中学生の頃に、どんどん自分のことが嫌になってきた。

いわゆるADHDの「セルフイメージの悪化」というヤツである。

定型脳でもある程度はあるに違いない。しかし、ADHD持ちは、高揚感から奈落の底への、落差が激しいのだ。

今となっては理解できる。

小学生低学年時代 with ADHDはさほど悪くないものだった。先生には叱られたり殴られたりしたが、得意科目では一目置かれるほどだったし、遊びでもリーダーシップを発揮できた。

小学校生活後半から歯車がかみ合わなくなる。下り坂が始まる。

出来ないことが、目立ち始める。皆が普通に出来ることが、出来ないのだ。

周りからも浮き始める。皆が、落ち着いて来るのだ。

得意だった科目も、皆が追い付き始めて平凡な成績になる。もともと根気がないのである。

そして、どんどん自信を失っていく。

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ADHD持ちの多くが、中学生以降で成績が落ち始めるなどと言うが、非常によく分かる。

気持ちよさそうやね。蜜と花粉と配偶者?と渾然一体。 f:id:scotchandsoda:20151018211534j:plain

その頃からか、自分の顔のパーツを憎み始めた。

眉が嫌い。目が嫌い。鼻が嫌い。口元が嫌い。なかんづく顔の輪郭が嫌いだった。

高校生の頃は「整形したろうか」などと真剣に悩んだものだ。頬骨とエラを少し削って、もう少し小顔になれば・・・。

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結局、整形はしなかった。

骨を削るにはさすがに違和感があったのだ。「自分の顔の嫌なところを直し始めるとキリがないよな」というあきらめもあった。

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最近は随分落ち着いている。

「40過ぎたら自分の顔に責任を持たなければならない」という言葉をどこかで読んだ。なるほどと思う。

個人的に意訳すると・・・

「もう、ええ加減に諦めろよ」ということである。

「その顔で何とかやってけ」

「その顔で出来るだけ何とかしろ」

まずまずまっとうな哲学に思える。

ヒゲをちゃんと剃る。ヘアスタイルにも気を使う。眉毛もチェック。肌の具合もチェックする。鼻毛に気を付ける。出来るだけのことは、しようぜ。

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40年以上生きてきて、かなりのイケメンも見たことがあるが、イケメンだからといって必ずしも人生バラ色ではないらしい。

イケメンは、イケメンなりに悩みがあるのだ。

イケメンではないが、自分よりもマシだな、と思える人だって、それなりに苦労はある。

逆にオレよりもブサイクだな。間抜けな顔をしてるな(ヒドイwww)というヤツが、わりとハッピーに生きてたりもする。

vice versa。

モテてハッピーなイケメンもいるし、不幸なブサイクもいる。

頭の良し悪し、スポーツの出来不出来。

決定的なチャンスがあったかどうか。

本人の努力とは無関係なところで、知らぬ間に差がついている。

世の中不公平なのである。

一つ言えるのは・・・。

「コンプレックスを持つのは構わない。でも、前向きになれ。努力は怠るな」

と思って、あー。偉そうだなオレと反省するが、まあ、事実だと思う。

自分の好きになった女の子が、面食いで、フツメンの自分には見向きもしない。

不幸である。絶望である。

でも、そこで立ち止まっていたらどこにも進まない。

とにかく足掻いて頑張れば、自分のことを好きになってくれる素敵な女の子がいるかもしれないではないか。

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若い子に言いたいのは、コンプレクスも、プライドも、持つのはいいけど、あんまり囚われたらあかんで?ということだなあ。と書いてみて気恥ずかしいな。オレの若い頃は、コンプレクスとプライドに押しつぶされて、まともに動けなかったから。

とにかく、恥をかくのを恐れず、いろいろ外に出てみるのはいいことだ、と書いて取り留めもない酔余の投稿を終えるのである。(犯罪に巻き込まれたらアカンけどね)