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A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

結婚と子育て

「結婚・子育てのメリット・デメリット」について、ブロガーたちの意見が寄せられています。シルバーウィークに「結婚」について考えてみませんか? - 週刊はてなブログ

コスパとかメリットデメリットという言葉は、それが客観的に数値化できるものであって、かつ過去を計測するのであれば、正確な尺度たりえる可能性を持っている。

何だか難しい文章になってしまったが、乱暴に書けばこういうことになる。

スーパーで生サンマを150円で売っていた。旨そうだったので買って帰り、焼いて食べたら、やはりとても旨かった。
しかるに、ちょっと離れた別のスーパーではセールで100円だった。

コスト(デメリット):サンマ代+買い物に行った労力+調理労力+後片付け労力
パフォーマンス(メリット):サンマ食ったら美味い

結論:後者のスーパーで買った方が、コスパ良かった。(よりメリットがあった)

しかし、この評価にもある種の危うさがあることには間違いない。(われながら今日の投稿は固いなあ)

まずは「客観性」の問題。「オレ、サンマ嫌いなんだよね」という人には上記の判定は根底からくつがえる。「あ、100円だろうが150円だろうがどーでもいいんで。サーセンwww」。ビジネスにおいてすらも客観的な評価の指標を求めることは難しい。例えば従業員の満足度や企業の社会的貢献度をどう数値化するのか。

ましてや未来について、しかも客観的な評価を下し得ない対象について、どうやってコスパ・メリデメを評価するのか。

例えば、

妻と合わせて年収600万。子供一人。贅沢しなければ貯金ができます。予算は少ないけど、勉強に遊びに家族一丸で取り組み、楽しんでます。好きな酒も控えて、欲しいカメラも我慢してます。子供のためを思うと頑張れる。休日にはお弁当を持ってピクニックに行きます。幸せです。

という家もあれば、

旦那と二馬力で600万。子供は一人。収入から生活費と子供に掛かる費用を引いて、貯金をするとほとんど残らない。外食も旅行もロクにできない。服も学生時代から新しいのを買ってない。そんな余裕はない。子供は可愛いけど、もっと自分の時間とお金も欲しい。私だってフルタイムで働いているのに旦那は家事をロクに手伝ってくれない。仕事が大変だからしょうがないと我慢している。不幸とは言いたくないが、幸せとは思えない。正直に言って、子供がいない時の方が人生楽しんでました。

という家もあろう。

強力な客観的尺度に思える年収ですら「上を見ればきりがないし、下を見て安心してもみじめなばかり」である。ましてや子供を作って幸せか、結婚して幸せかなど、本人にしかわからない。いや、当の本人にだって分からないかもしれない。結婚するかどうか、子供を作るかどうか、いずれも未来の幸不幸を決める確定的な要因ではないのだ(またムツカシイ言い回しになってしまった)。要するに「やってみなければ分からない」のである。

誰しも「そんなことは分かっている」と思いながら、未来が怖いから「コスパ」だの「メリデメ」だのを検討するのだろう。あたかも中古のマンションの購入でも検討するかのように。もちろん、子供を持つことも結婚することも、中古のマンションの購入とは全くの別ものである。それに、中古マンションの購入ですら「買って見なければ分からない」ことだってある。

でも、中古マンションの購入シミュレーションは面白い。20年後にあなたはいくら損をする。いくら得をする。結婚や子育てのシミュレーションも、同様に興味をそそる問題だ。だからこの手の終りのない議論が続くのだろう。

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周りを見回してみると、子供がいない人は明らかに羽振りがよい。

金銭感覚が、感覚的に言って少なくとも2倍以上違う。(周囲の同世代以上、大企業勤めの小梨の方をざっくりまとめた印象)

例えば。

私の感覚では美味くてちょっと高級な居酒屋に飲みに行く時の予算は4,000円程度。それを越えるとキツい。どれほど美味くても(やや顔面蒼白&後悔)となる。そんな店で4,000円だったらほろ酔い+腹6分である。「もう少し飲みたい・食べたい」のを我慢して店を出る。
小梨さんは8,000円は「美味いもの食って楽しんだなら、安い」とみる。しっかり食べて飲んで、満足して店を出る。

シャツを買う予算。私が上限5,000~8,000円。
小梨さんは10,000~20,000円。

旅行。私の家では年に一度ディズニーランド&4,5年に一度国内旅行が目標(行った後でしばらく切り詰めて生活する)。
小梨さん。年に数回国内旅行。数年に一度は海外旅行。「貯金はないです」と笑っている(さすがにそんな生活してたら貯まらないよな)

普通に見れば、華やかな消費生活の方がうらやましく映るはずである。

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そんな方々と交友した結果、同様の金銭感覚に染まった若い夫婦を見ると、ちょっと気の毒に思うこともある。一回飲みに行って一人8,000円が当たり前という感覚になってしまうと(しかも、いい店で8,000円も出せば、本当に美味い酒と美味い料理が楽しめる)「今の収入じゃあ、子供ちょっと無理かな」と思ってしまうのではないか。習慣と思い込みを変えることは、とても難しい。

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しかし、一旦子供を持ってみると必ずしもそうは思わないのだ。

(どのくらい飲んだっけ?)とこっそり計算しながら飲む酒もまた美味い。上限が決められた小遣いをやりくりしながら酒代カメラ代をねん出するのもそれほど悪くないものだ。美味い日本酒を諦めて、安い酒場でホッピー飲むのも悪くはない。

年に一度ディズニーランドに行くのがせいぜいだが、子供たち(妻も)の喜ぶ顔を見るのは何よりの喜びである。

カメラもシャツも、気に入ったものを長く使えれば幸せである。予算と妥協できるラインを探し、諦める時は諦める。それもまた大人の理性である。(ま、どうしたって諦めざるを得ないのだがwww)

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もう一つある。ふとした折に子供の話が出ると、小梨さんは(特に年配であればあるほど)寂しそうな顔をするのである。隠そうと思っても、出てしまうのだ。こちらも何となく「申し訳ない」という気分になるし、実際小梨さんがいらっしゃる場では子供の話は自然にタブーになる。

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更に微妙な問題に踏み込む。

朝っぱらから考えてしまった。以下死に関する生々しい考察なので閲覧注意

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自分が死ぬ時は、どうなっているか。

40を越えてから「あと40年も生きれば死ぬんだな」ということが実感として感じられるようになった。(下手をすれば60年生きるな、とも思うが死に近づいたという実感には変わりない)

本当に悲惨な独り身の最期

妻の方がどうも丈夫だから、妻より先に死ぬと思う。実際にそうなればよいと思う。

問題は妻に先立たれた時である。

ASD併発ADHDの癖にワリとソーシャルスキルがあるから、毎日近所のジジイの溜まり場に行ったりして、それなりににぎやかに暮らしているのではないか。仮に子供たちが数百キロ離れたところで生活していても、腐乱死体で発見されることにはならないと思う。(思いたい)

孤独死をする確率について言えば、子供と同居するわけじゃないから小梨の方とほとんど変わらないと思う。子供と仲たがいをする可能性だってある。連絡が取れなくなる可能性だってある。増田さんが書いているように「子供がいればOK」というシンプルな問題ではない。

だが、それも子供がいればこその発想なのかもしれない。

小梨の方には、また別の不安があるのかもしれない。(あるだろうなあ)

特殊清掃 死体と向き合った男の20年の記録

特殊清掃 死体と向き合った男の20年の記録

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特掃隊長ではないが、私の死体を前にした子供たちに「ごめんね。ありがとう」と言ってもらえるだけで、生きた甲斐があるような気がする。もちろん、その声を聞くことはできないのだけれど、そう言ってもらえるように立派に生きたいと思う。