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A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

白昼夢

目が覚めてすぐに、ぶよぶよとした殻にくるまれたウズラの卵くらいのサイズの何かが、みぞおちの辺りにあることに気が付いた。

これが僕の心の核だとすぐに理解する。随分長い間気が付かなかったものだ。恐らく、昔から「これ」は「そこ」にあったのだろう。

それにしても小さい。なぜ広々とした心象風景ではなく、よりによってウズラの卵なんだ?

この中には何が入っているのだろう?ぶよぶよと突いてみる。感触からすると、中は液体かゼリー状の物質ではないか。

だとすればあまりに単純すぎる。これほど複雑で面倒な人生を送っている僕の心の核が、そんな間の抜けた内容のはずはない。この中には、あるいは卵黄のような、さらに別のコアがあるのかもしれない。そのコアの中にはまた別のコアがある。そのコアにはまた別のコアが、とマトリョーシカのように続いているのかもしれない。

それにしても自分の心の核が分からないというのも変な話だ。いや、あるいはそれが普通なのかもしれない。結局のところ「自分の心」を理解している人間が、どれだけいるだろうか?

枕元のiPodを見ると5時と表示されている。イヤホンを耳にはめ、最小の音でフォーレのノクターンを再生する。

孤独で閉じた曲だ。聴衆を巻き込もうという気なぞさらさらない。作曲者と演奏者で完結している。まるで独り言のようだ。

ある意味では音楽であることすら放棄したようなフォーレのつぶやきは、ふとしたタイミングで、心の核と共鳴を始める。

ウズラの卵が震え、移動を始める。みぞおちから胸へ。胸から首へ。うずらの卵が頭上まで達した時に、僕という存在はフォーレの音楽と一体となる。それはとても幸福な瞬間だ。

フォーレが終わると次はスティーブ・ライヒに音楽を切り替える。複雑なシンコペーションと同化しようとする。

まだウズラの卵は頭の付近に存在している。シンコペーションと共に再び震え始める。

この奮えば、僕にとってとても大事なものなのだ、と気が付く。随分気が付くまで時間がかかった。でも、まだ手遅れじゃない。

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