A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

想像力を働かせる仕事

僕は大学を出てからずっと教科書を出版する会社に勤めていた。そこでの仕事と言うのは本当につまらないものだった。何故なら僕はそこでは想像力というものを働かせることができなかったからだよ。そこではむしろ想像力を殺すことが仕事だったんだ。だから僕は仕事が退屈で仕方なかった。会社に行くのが嫌で仕方なかった。本当に息がつまりそうだった。そこにいると僕は自分がだんだん小さく縮んでいって、そのうちに消えてなくなってしまうんじゃないかという気がした
「国境の南、太陽の西」文庫p144

.

自分に適した仕事を見つけられるか。ASD/ADHDには文字通り死活問題である。

見つけられなければ、多大なストレスを被ること間違いない。下手をすれば鬱などの二次障害に苦しむことになる。

どんな仕事に向いているかは、ADHD/ASDの濃淡によって変わってくる。

自分は今システムズエンジニアを生業としている。ASDのロジック好きとADHDの過集中がマッチしているのだろう。特に不満はないし、銀行員やルートセールスに比べたら断然向いている仕事だと思う。

しかし、これが天職だとは思わない。そうだとすれば組織に属しながらでも働けたはずだ。自分の場合は、何より組織から独立できたことで大きく救われたと考えているし、実際独立したいからSEという職を志願した、という動機があった。独立が目的であって、SEという職は手段だったのだ。

一方で、私の周りを見ると強ASD(非ADHD)やアスペルガーは、組織に属しながらもPG/SEという職に安住している印象がある。支援者なりコネが無い限り、彼らは独立することは考えないのではないか。

あるいはASD性向が限りなく薄いADHD(純粋ADHD!)なら、ひょっとしたら営業が天職になるかもしれない。(机に向かって一日プログラミング?冗談じゃないよww)

改めて考えると、もう少しクリエイティブな仕事についていた方が、幸せだったろうなと思わざるを得ない。SEの仕事にクリエイティブな要素が全くないかというと、そうでもないのだけれど。

会社というところは僕には向いていない。きっと君にも向いていない。八年間その会社で働いたおかげで僕にはそれがよくわかるんだ。僕はそこで八年間、人生をほとんど無駄に費やした。二十代のいちばんいい歳月だよ。よく八年も我慢できたと思う。でもその年月がなかったら、多分店もこんな風にはうまくいかなかっただろうね。 
同p145

.

最初に少しだけ営業職を経験し、その後SEを十年ほど勤めてから独立した。いずれの経験も独立にとても役立った。若い頃の苦労は、年を取った後に糧になるのだ。

若い頃の苦労についてちょっと脱線。

最初の職場はかなり厳しい環境だった。上司の頭もオカシイかった。先輩にもしばしばキツいこと言われた。でも、どこか余裕があったように思う。恐らくそれは「社会人になるためのイニシエーション(初期化)」だったのだ(宗教とは一切関係ない会社です。念のため)。確かに厳しいものではあったが、少なくとも残酷なものではなかったし、先輩の心情の底にはある種の同情が感じられたような気がする。「一緒に働ける新人を育てていこう」という善なるモチベーションが会社にあったのだ。

次に入ったシステム会社。

下っ端の頃は良かったが、中間管理職になってからが酷かった。営業のエラそうな態度は今でも苦い思い出としてよみがえる。うつ病になったSE管理職も何人も知っている。文字通り人間扱いされないSEもいた。そんな人を見る度に、胃が苦しくなった。(もちろん、まともな営業もいた。特に独立を手助けしてくれた営業には一生感謝するだろうことを補足しておく)

確かに営業時代の頃の苦労は、糧になった。

しかし、その後のシステム会社での苦労は、生きるためには全く不要の苦労だった。

そこでは私はひたすら「うつ病になろうが体を壊そうがしったことか。徹夜で働け。いくらでも代わりはいるんだ」という暗黙・明確なメッセージと戦うばかりだった。それは心がすり減るばかりで、何の役にも立たない苦労だった。

「若い頃の苦労は買ってでもしろ」というのは一面に於いては正しい。しかし絶対に買ってはいけない苦労もあるのだ。

脱線終り。

「国境の南、太陽の西」の主人公は、ちょっとした幸運でストレスに満ちた会社を辞めて、クリエイティブな仕事を手に入れて成功したわけだが、現実はなかなかそうはいかない。恐らくは現実にも幸運な人はいるのだろうが、誰にでもそんな幸運が手に入るわけではない。

ADHD/ASD持ちが生きにくいこの世界においては、外面的には勉強やコミュニケーションの努力を怠らず、内面的には心の平安をあれやこれやと追求しつつ、幸運を願うしかないのだなぁ、と自らの来し方を振り返り、身も蓋もない結論に至ってしまったことに、何だか申し訳ないような気もするのだ。

国境の南、太陽の西 (講談社文庫)

国境の南、太陽の西 (講談社文庫)