読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

規則がキライ(ADHDな意味で)

ADHDと規則

規則が大っ嫌いである。

f:id:scotchandsoda:20150813203154j:plain

整然とした構築物は好きだけれど。

f:id:scotchandsoda:20150813203203j:plain

十数年前、御縁があって仕事がらみでニューヨークに行ったことがある。バブルも遠の昔に過ぎて、就職氷河期の入り口に社会人となった私だが、たまたまバブル的な最後の波に乗ることができたのだ。

ニューヨークでは、歩行者は車が来なければ、赤信号でも普通に車道を横断していた。「さすがアメリケン!個人主義!これだぜ!」と思ったものだ。若かりしASD併発ADHDは、西欧の"個人主義"、"自由主義"に憧れを持っていたのだ。日本的な息苦しさからの解放(あるべき姿!)を見出していたのだ。ここではない、どこかへと!

日本では全く車の通る気配がなくても、じぃっと信号を待っている人が多い。

そんな人を横目で見つつ、ふん!などと逆ギレ(?)しながら信号無視して車道を横断するのが常な私である。(今もそう)

f:id:scotchandsoda:20150813203210j:plain

仕事中でもルールは大嫌いだ。

「ルールなんてのは、手段であって、目的じゃないんですよ。ルールを定めると、それが目的となってしまう。ルールが優先になってしまう。そうじゃない。まずは目的を優先すべきなんですよ!」

「ルールはコストであって、成果ではないんですよ!まずは成果にフォーカスすべきなんですよ!」

などと力説する。もっともらしい演説だが、なんてことはない。ルールとか規則が大っ嫌いなだけである。

f:id:scotchandsoda:20150813203217j:plain

ASDの強い上の子は、ルールが好きだから面白い。

例えば自転車交通ルール。

歩道を走る時は、かなりノロノロと徐行する。かたくなに歩行者優先を守る。

私も自転車マナーは守る方だが(破ると実際危ないからね)、上の子のルール遵守は徹底的である。

しかるにADHDの強い下の子は、ルールをほとんど気にしない。

(私と二人で自転車に乗っている時)「並ぶな!危ないから!何度も言ってるだろ!学校でも習ったろ!」と言うが「へー?そうなん?」みたいにケロッとしている。

.

ASD併発(疑惑)ADHDとしては、規則なんてのはない方がいいんだと確信している。皆、好きにやったらいい。何が規則だ。ク*喰らえだ。

人が幸せになる規則なら従おう。でも、そんな規則ばかりではない。むしろ、人を縛り、不幸にする規則の多いことよ。

規則はあくまで手段であって、目的ではない。

規則のために人が不幸になる。本末転倒である。

ところが、一旦規則が出来てしまうと、それがどんなに下らなくても、無意味で非効率であっても、規則に従うことで心の平安を保とうとする人が後を絶たないのだ。(アスペ・ASDだけではなく、定型脳にも多い)

規則を作ると支配欲が満たされる。だから、偉くなった人やたまたま管理する立場になった人は、どんどん下らない規則を量産する。

無思考な定型脳者がしょうもない規則を量産し、無思考なASD/定型脳者が、下らない規則に盲目的に従う。すなわちどんどん息苦しく愚かな社会になって行く。

.

そんな本末転倒をぶち破るのも、ADHD持ちの宿命なのではないか。そんなことを思う日は多い。