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A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

ASDとコミュニケーション

会社でASD傾向者がイジられている。

定型脳者が、ASD傾向者の妙なこだわりをからかっている。へらへらと、バカにしたようなコミュニケーションを取っている。

非常に残念な光景である。ASD傾向者をイジるなよ。いい年をした大人がこんなことやってんだから、学校でASD者がイジメの標的になったら、悲惨だよなと思う。

ASDやらアスペルガーという特性が知られてきたとは言われるが、現実はこの通りだ。困惑した定型脳者のエジキである。ADHDだって多分同じだ。

ASDやADHDが快適に働けるのは、奇跡的に理解のある職場なのだろう。本当は、お互いにとってそうあるべきなのだが。

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ASDと私。

自覚したのは、上の子にASD傾向があると知った、その後である。「オレも小さい頃~中学生までは、上の子の振る舞いのまんまだったよ。ってことは、オレもASD!?」。記憶を振り返ってみると、思い当たること実に多し。

例えば大学生までは極度のコミュ症であった。服装に妙なこだわりがあった。一人でいることを好みながら、でも一人でいることに傷ついた。大勢の中でも、一人でいるかのように振る舞った。どんな偉い人を前にしても、偉くない人を前にしても、意識は変わらない。すなわちADHDだけじゃ説明の付かない性向を持っていた。

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コミュ症。

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中高生時代は、女子と話が出来なかった。文字通り、緊張して体が固まったものである。女の子を前にして声を出すのに苦労した。会話が本当に難しかった。一部の女子からは、本当にキモがられた。

大学時代、一念発起して、ガールフレンドを作ろうと努力したものの、成果はほぼない(当然だろうな)。会話能力はマシになったかもしれないが、女子とノート交換するだけでもう大変。ガールフレンドどころではなかった。

そんな私に訪れたブレークスルーは、大学生活も後半の頃であった。

とあるバイトで、コミュ力最強のリア充(Y君)と友達になったのである。

このY君が、私のことを気に入ったのか、ことあるごとに一緒にマックで茶を飲んだり、外に連れ出してくれたのである。ガールフレンドどころか、仲の良い男子すらいなかった自分にとっては、実に新鮮な交友関係だった。

ちなみに、ダブルデート等には誘われなかった。誘われてもこっちも困ったろうから、むしろY君の配慮であろう。

いろいろ話を聞かせてくれるY君は、暗鬱たる一人暮らしにを送っていた半引きこもりの自分とは、別世界の住人だった。

出会う女の子とあっという間に親しくなる。軽々と女の子を笑わせる。サービス精神のカタマリである。話も面白い。デートと称して、しょっちゅう女子と二人で出かける。しかもいろんなガールフレンドと。しかも、しかもですよ?性的には清廉潔白なのだ!性的ジェントルマンなのだ!(ホモではない)

性的衝動に悶々としながら、女子に対してスマートな対応を取れず、一人自己嫌悪に陥っていた私にとっては、本当に驚愕であった。「性欲を持てあます」ではイカンのだ!!!成長期の男子の性欲は、とにかく抑制すべし!なのだ!!

というわけで、Y君からトータルなコミュニケーション術をたっぷり学ばせて頂いたのである。

笑い話の構成。つかみと、語り口。そしてオチ。テレビの芸人じゃないから、そこまでシビアじゃなくていい。マンネリパターンでもいい。そして表情。

ASD持ちADHDなりに(当時はそんな意識はなかったが)脳内リハーサル、会話の予行演習、そして笑顔の練習をした。

もうね。見事にコミュ症脱却ですよ。

今でも思う。コミュニケーションの6割は技術。残りの4割はセンスだと。

いや、違うな。

コミュニケーションの6割が傾聴である。相手の話を誠心誠意聴くことである。これで、間違いなくつかみはOK。好感をもたれる。

次が会話のキャッチボール。どんなに傾聴しても、共感しても、ヘンテコな受け答えをしていると、親しくはなれない。

残りの3割が技術で、さらに残りの1割がセンスなのだ。

あれ?違うな。もう少しセンスが大事な気もする。

ってか、思いやりが大事な気もする。

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とにかく、ASD傾向のある私が克服するんだから、ある種のASD傾向の方には当てはまるに違いないから、強調しておく。

コミュニケーションは、技術が大事である、と。

笑顔で「ありがとう」と言ってみる。いろんな状況で言ってみる。フィードバックを受けて、よりよい「ありがとう」を研究する。

笑い話を準備する。いろんな状況で語ってみる。フィードバックを受けて、よりよい「笑い話」を作り上げる。

トライアンドエラーを経て鍛える技術なのである。

コミュ症は、克服できるのだ。