A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

ADHDとミニマリズム

ADHD系のブログを拝読していると、時折目にするのが"ミニマリズム"という言葉である。

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懐かしい言葉である。少なくとも当方が小中学生の頃からあったなあ、と思って調べてみたらその通りだった。

なぜ小中学生が"ミニマリズム"という言葉を耳に留めていたか。

その手の音楽が好きだったんですな。

エリック・サティ久石譲加古隆ジョージ・ウィンストンである。(最後の二人は最近は"ミニマリズム"と言われていないのか。って昔も一般にそう言われてたかどうかは不明だが。少なくとも、自分的にはミニマルミュージックという印象である)

そして、久しぶりにアフィなど貼ってみる。

3つのジムノペディ~サティ・ピアノ作品集

3つのジムノペディ~サティ・ピアノ作品集

千と千尋の神隠し サウンドトラック

千と千尋の神隠し サウンドトラック

オータム

オータム

今でも結構好きな曲である。ピアノの音を突き詰めた音。必要最小限な感じ。

久石譲はどれも名曲だが、若い頃に聴いて感銘を受けたという意味でやはりラピュタ魔女の宅急便がベストである。劇場で見た記憶がかすかに残っている。

ジョージ・ウィンストンのカノンも忘れられない。

多感な時期に聴いた音楽、見た映画は、一生残るものだ。

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さてさて、ミニマリズムについて。

Wikipediaでみたが、特に明確な定義があるわけではないようだ。

ざっくり言えば「出来るだけ余計な表現をそぎ落として、シンプルさを追求した芸術」を「ミニマリズム」と評するようで、「ミニマリズム・ライフスタイル」に関しては特に定義はなさそうだ。

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ま、そうだろうな。

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ミニマリズム・ライフスタイル」。いい響きである。

特に、モノをとっ散らかして自己嫌悪に陥りがちなADHD持ちにとっては魅力的だ。

打ちっぱなしのコンクリートの部屋に、シンプルな北欧系の家具。(無印もあなどれない)

本棚にはお気に入りの本と写真集が少々。

iTunes(xアプリ)にはお気に入りの音楽が大量。

冷蔵庫の中にはトマトとバジルとレタス。食材はどれも新鮮で、ビールは冷えている。作り置きの塩豚と鳥ハム。もちろん十分に空きがある。

食器棚の下にはディチェコのパスタが数種類、キロ単位で保管してある。

晩春のアンニュイな夕暮れ。白い中古のピアノで久石譲などを弾きながら過ごす。

カッコイイじゃないすか。

ADHDの憧れである。

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でもさ、そう簡単にはいかないんだよね。

冷蔵庫も部屋も腐敗と混乱の極み。とにかく散らかっていて、片付く気配がない。

楽器に手を出してはすぐに飽きる。

アンニュイな満ち足りた夕暮れどころではない。「また片付けなかった」「今日も無駄にダラダラ過ごしてしまった」。自己嫌悪と焦りの夕暮れ。

これが現実であるwww

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ま、頑張れば大丈夫じゃないすかね(無責任)

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ミニマリズムというのは、かくもADHD持ちを惹きつけるのであるが、どうもADHD持ちにはあまり適していないような気がしないでもない。

何故か。

ADHDは無駄なものを捨てるべきだ。それは確かだ。

しかし、ADHDは新しいものにすぐに飛びつきがちなのだ。これもまた確実である。

捨てるのはいいが、何かに飛びついて「またやってしまった」などと後悔しても、しょうがないと思うのだ。

ADHDと長く付き合って思うのは、「後悔するだけ損だ」ということだ。

ミニマリズムを志向してライフスタイルを構築しようとすると、どうしてもADHD持ちには無理が出るんじゃないか。そんな気もするのである。

繰り返すが「捨てる」のはいいと思う。「片付け」も大いに結構。

でも、ADHDがシンプルライフを志向するのは、ある意味宝の持ち腐れなのでは?などとも思う。

とっ散らかしなライフスタイル。それでもいいではないか。飽きたらまた別の新しいことを始めればいいのである。

そんなことを思うのだ。

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(もう少し深堀りすると・・・)

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ミニマリズムを志向するライフスタイル」とは「そぎ落とすこと」、すなわち「否定」が契機になっている気がする。

「不要だ」「捨てよう」などと物事をそぎ落としていくと、当面は物事がシンプルになったように思える。

しかし、物事をそぎ落とすことによって、飽きたものを捨てるのはともかく、何かを否定することによって、人は確実に消耗していく。

ミニマリズムを追い求めることによって、シンプルなソリューションを手に入れることが出来るかもしれない。

でも、それは"自己喪失"と紙一重なのだ。

ミニマリズムで充足を得られる自我とは、もともと相当なまでに肥大し、充実した自我なのではないか。そんな気もするのである。

ADHD者の華奢な自我にとっては、ミニマリズムはちょっと不健康なのではないか。

とそろそろ面倒くさくなったので、乱暴にまとめてしまうのである。