A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

久しぶりの読書

なるほど。と、共感しながら心安く読了した。

健全な良識人の思考であった。(ADHD持ちだって健全な良識人に共感することができるのだww)

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続いては問題作。

日本劣化論 (ちくま新書)

日本劣化論 (ちくま新書)

うーむ。。。

...

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世の中には5つの批評があると思う。

  1. 「とても良い批評」
  2. 「良い批評」
  3. 「普通の批評」
  4. 「退屈な批評」
  5. 「ダメな批評」

である。

「とても良い批評」

それ自体でクリエイティブな批評である。

カント。キルケゴールニーチェハイデガー養老孟司

着想がクリエイティブであり、発見がクリエイティブである。ワクワクしながら読み通すことができる。(カント、ハイデガー辺りはワクワクしないか・・・)

「良い批評」

当の批評対象を「面白そうだ」と思えるのが「良い批評」である。

読んでいて「ほほう。ちょっと読んでみるか」「聴いてみるか」などと思える。筒井康隆の批評や、吉田秀和が(個人的には)該当する。

「普通の批評」

最後まで読むことはできるが、ただもっともらしいばかりである。後に何も残らない。

「退屈な批評」

数ページで読むのを辞めてしまう。

「ダメな批評」

この本がまさに「ダメな批評」であった。

伝わってくるメッセージは「政治家はバカだ。経済人もバカだ。ネトウヨもバカだ。サヨクもバカだ。バカばっかりだ。バーカ、バーカ」。それだけ。

その裏に透けて見える「オレはマシな人間だ。いろいろ知ってるからな」という歪んだ誇り。

「超・上から目線」の裏にあるカチカチに凝り固まった著者のコンプレックス。

個々の議論に見るべきものはある。だが、あまりの臭気にやられて不愉快になるばかりだ。まともに考察してみる気にはなれない。

決して今の政治家を尊敬しているわけではないが(むしろ逆だが)、「それにしても・・・オマエら、一体ナニサマだよ・・・(呆れ)」というのが半分ほど読んだ感想で、それ以降は不愉快で一歩も進めなかった。

臭気ふんぷんたる著作である。

と同時に、まあ、こういう著者はマスコミでは一定の需要があるんだろうな、と思った次第である。ネット界隈で言えば、イケダハ○トの上位互換といったところか。コンテンツ炎上ビジネスである。

(こうやって批判することで、わたしも著者たちに及ばずながら燃料を投下していることになるんだろうな・・・)

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などといいつつ「どいつもこいつもバカばっかりだ」と世間に怒りを覚えるのは、ある種のADHD持ちにありがちな思考だよな。などと思う。(アスペにもこういうタイプがいる気がするな)

他人事じゃないのであった。

まあとにかく、無暗に他人の悪口は言わない方がいいよ、と思うのである。

例え相手が著名人であっても。

自らに引き付けて考えて、ぐっと飲み込むくらいでちょうどいいんですよ。きっと。