A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

作家になりたかった

大学の三回生の頃。(関西ではX年生ではなくてX回生なのだ)

作家になるしかないと思い詰めた。

変人だった。周囲からも浮いていた。衝動的な発言、行為。傲慢。絶望。躁と鬱。人間関係の豚切り。

学生時代。独りで部屋に居ても落ち着かない。かといって外に出てもやることがない。退屈には耐えられない。金はあるだけ使っていた。決して裕福な家庭じゃなかったから、生活費を使い切ったら悶々と部屋で過ごすしかなかった。

当時はまだ名前を知らなかったADHDが荒れ狂っていたのだ。(それでも楽しいこともあったけどね。夏に喫茶店でモーニングを食べてタバコを一服したり、ゲームセンターに行ったり)

普通の社会人生活はムリだと確信していた。

作家になるしかない。

そろそろ就職活動を始めなければならない時期に、ノートを買って、鉛筆で文字を埋めてみた。

でも書けなかった。

まともな文章が書けないのである。何の言い訳もできない。全くお話にならない。数日後にいさぎよく諦めた。諦めるしかなかった。

ADHD非自覚者が何とか就職できたのは「作家にはなれない」と早々に諦め、世界観を切り替えたからだろうと思う。(もちろん他にも要因はあったし、それに何より運が良かった)

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ADHD者はクリエイティブな仕事に向いている。

脳内発火由来のアイデアもポコポコと湧く。集中すると世界にどっぷり浸れる。

あるいは自分が楽しいと思えるクリエイティブな仕事じゃなきゃアホらしくてやってられないということもある。

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時折面白い夢を見る。

これを一篇の短編小説にできたらなあ、などと思いながら起床する。奇妙なアイデアがまだ浮かんでいる。夢の世界の残滓を掴んでいる。しかし、自分にはそれを表現する術はない。

そうこうしているうちに、夢の記憶は薄れ、日常の空気が戻ってくる。

なかなか切ないものである。

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この文章も結構苦労して打ち込んでいる。カーソルを左に、右に。上から下まで行ったり来たり。単語を挿入しては消し、カット&ペーストでせわしげに文章を入れ替えている。

われながら文章を書く才能がないなあ、と思う。まあ、これでも随分マシになった(自画自賛)。ブログを続けていて良かった。

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自分で言うのもなんだが弁が立つほうである。ミーティングをドライブできる。馴染みの居酒屋で笑いを取ることもできる。

少なくとも、口でアイデアを表現することはできるのだ。極めて限定された概念を、限定された手段で表現しているに過ぎないとしても。

ブログもピアノもつたないながら続けられるのは、ADHDが何かしらのアウトプットを求めているからではないか、と思うのである。