A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

俳句とか

5 7 5で物事を観ずるのが俳句である。

気楽である。自然体である。

冬の朝妻の関節ゴキと鳴く

季語だけ守ればよい。

いや、勝手に詠んで勝手にWebにアップするのであれば、季語すらこだわる必要はない。

Excelの関数を組むADHD
耐えられぬ単純作業を自動化し

などと酔余、ブログをものする。

ユニクロで着ぶくれて焼酎お湯割りを

「着ぶくれ」は冬の季語だそうだ。なるほど、風情があるなあ、と思う。

暖房の発達していない昔は、重ね着をして、炭を熾して、あるいは薪をくべて、冬をしのいだのだろう。

句集も読む。

加藤楸邨句集 (岩波文庫)

加藤楸邨句集 (岩波文庫)

荷風俳句集 (岩波文庫)

荷風俳句集 (岩波文庫)

時折ハッとする句があって面白い。

歳時記も読む。

今はじめる人のための俳句歳時記 新版 (角川ソフィア文庫)

今はじめる人のための俳句歳時記 新版 (角川ソフィア文庫)

...

あれ?と思う。

絶賛し過ぎるのである。

そんなに素晴らしい句か?などと思う。

俳句とはTPOである。言葉遊びである。大喜利である。

人それぞれである。

誰かの(家族の・同僚の)何気ない一言が、胸に染むことがある。それだけのことではないか。

大仰に「芸術か否か」と議論するようなものではないだろう。

こんな話を聞いたことがある。

それらしい5 7 5の単語を大量にコンピューターに打ち込み、ランダムに5 7 5を組み合わせる。

なかなか良い句ができるそうだ。

そんなものだろうと思う。偶然の言葉遊びである。

それでいいじゃないか。

偶然も積み重なると味になる。

句集を読んでみると、人柄がにじみ出て、面白いなあと思う。

コンピューターにランダムに詠ませたところで、選ぶのは人間である。

選んだ人間の人柄が、句に出て来る。

それでいいんじゃないか。

などと思うのである。

以上、久しぶりの非ADHD投稿だったのである。