A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

ADHDの子と親

いつか書かねば、と思っていたお題である。

我が子がADHDだ。そんな時どうするか。

まずは100%受け入れることである。

そして、子供を褒めることである。自信を持たせることである。

甘やかせたってかまわない。多少周りに迷惑をかけたって(犯罪でない限りは、イジメでない限りは)構やしない。

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その子は、少なくとも(どんなに幸運でも)今から30年間以上、大変な苦労をするのである。下手したら死ぬまで苦労するのである。

中学、高校、大学、社会人。苦労はどんどん増えていく。精神的な苦痛と不安が増大していく。

定型神経者が出来る単純作業が出来ない。書類ワークでミスばかり。思いついたままの突拍子もないことを発言して苦笑される、嫌われる。

忘れ物ばかり。部屋は汚い。片付かない。人間関係が続かない。勉強でも苦労する。

(あるいは、逆に評価されることもあるし、人を感動させ、動かすこともできる。好きなエリアはとことん集中して、相当な力を発揮するのだけれど)

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子供時代に、親に受け入れられず、自分を責め続けて来た子供が、そんな苦痛と不安に耐えられるだろうか。

否。である。

将来潰されないように、今のうち「貯め」を作っておかなければならないのだ。

「愛された」「受け入れられた」という記憶の「貯め」を。

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ADHDを持って生きるということは、かなりハードである。

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ムリゲーに近いといっても過言ではない。

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わたしも、何度か人生をリセットしている。

具体的には、人間関係のぶった切りと転職である。

(やれやれ)

小学時代の友人とは、誰ともコンタクトを取っていない。

中学時代の友人も(ry

高校時代(ry

大学時代(ry   (あ、一人まだつながってるな)

最初の会社(ry

次の会社(ry

・・・やれやれ。と思う他はないではないか。

定型脳の人は、全く違った人生を送るのだろうな、と思うのだ。

(AD(H)Dの人だって、中学高校の友人とコンタクトを取りつづけている人も、もちろんいるだろうが)

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ただ、ADHD者にも強みはある。

突飛な発想=>斬新なアイデア

空気読まない発言=>イノベーションのトリガー。(ホント)

短期間に燃え上がる熱情=>集団をドライブするリーダーシップ。(ホントだってば)

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それでも、まあ、数限りのない自己嫌悪と失敗が、待っている。

その中で、自分の生きる道を探さねばならないのだ。

そんなADHD持ちの生きる力となるのが、子供時代親に受け入れられた、愛された、という記憶である。

ADHDを持っていると、自己イメージはどんどん下がる。

自己嫌悪に陥る。絶望する。自分が本当に嫌になる。

ADHDのポジティブな面が、どんどん沈んでいく。

そんな時に「こんな自分でも、愛されたことがあった」。そんなちょっとした記憶が、人を支えるのだ。

自分が何とかやっていけるのは、親のおかげだなあ、というのは、今更ながら感じるのである。

「子を持って知る、子の恩」などと言う。
(「子を持って知る親の恩」の方が一般的だが、ちょっと違う気がするんだな)

ADHDを持っている当方からすると、

ADHDを持って知る、親の恩」なのである。