A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

ADHDと気分

昨日の記事に普段より多めのスターを頂いた(当社比)。ありがとうございます。

この調子でウケたいと思う。どうすればウケるか。

子供の面白い落書きをアップしたらウケるだろうか。しかし、面白い落書きはそんなには生まれない。

マンガネタがウケるのだろうか。マンガもいろいろ読みたいがリソース配分が厳しいため(時間と小遣い!)優先順位を低くせざるをえない。

というわけで今回もADHD自分語り&考察ネタである。安定のマイペースである。

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鬱の気配は消えた。

仕事もいい感じで忙しい。酒は適量である。

睡眠不足ではない。疲労もさほどでもない。

ただし、物欲はない。余暇を積極的に楽しむエネルギーもない。

「楽しいか?」と問われると「悪くはない。でも、それほど楽しいわけでもない」といった辺りで落ち着いている。

定型神経の人は、一年の多くをこんな感じで過ごすのだろうか。羨ましいような羨ましくないような。こちとら毎朝気分がジェットコースターだぜwwwなどと思う。

ふと「存在忘却」というハイデガーの言葉を思い出す。

存在忘却とは、日々何かと忙しく過ごしているうちに、人本来のあり方を忘れてしまった状態である。これでいいんかなあ。などと漠然と思いながら、日々の雑用に紛れてバタバタと暮らしている。
人は本来、未来へと自分を積極的に投げ入れ、死への不安と立ち向かい、日々を自覚的に生きるべきなのだ。それを忘れて、日常に埋もれてしまっていること。これを存在忘却というのである。(多分こんな感じ)

大きなお世話だ、と言いたくなるが、微妙に的を射ている気もしないでもない。

忙しく仕事したり、仕事からの強弱のストレスに反応していると、日々はそれなりに順調に流れてゆく。そのまま、一年、五年、十年が易々と過ぎ去ってゆく。

「それではイカン!」と焦る必要はないけれど、ふと振り返って人生の別の層(レイヤ)に首を突っ込んでみることも悪くない気がする。

松陰の暗きは月の明りかな

今はぼけーっと月の明りを眺めて生きている。

鬱は厄介だけれど、ある意味では人生や世界の一側面を正確に把握している心理状態だとも言える。

人生の陰の部分を忘れてしまっては、明りもまた平板なものにならざるを得ない。

光と影があるのが、人生だと思うのだ。

と例によって収集が付かなくなってきたので、テキトーにまとめてしまうのである。