A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

片付けスイッチ キタ━(゚∀゚)━!

本日は八面六臂の活躍であった。

決算処理の仕上げ。税金の振込。翌期の仕訳着手。溜まっていた不燃物とリサイクルゴミを出した。文具屋に行って赤ボールペンを購入。図書館に行って2日延滞していた資料(池上彰の新書)を返却。

遅めの朝食後にコーヒーをたっぷり飲んだのが効いたのか。

そんな気もする。

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カフェインに弱い体質である。

飲んでいるそばから体のモードが変わるのが分かる。

心拍数が少し上がる。頭がぼーっとする。胃と胸が重く、熱くなる。(胃がもたれる感じもある。ついでに酒を飲む気も食欲も失せる)

意識が重くなる感じ。あるいはふらひふらりと空を飛んでいた意識が、地上に連れ戻される感じとでも言おうか。

貧乏揺すりも収まる気がする。結果、仕事に集中できる。

ただし、確実に胃にもたれるのと、飲みすぎると極めて気分が悪くなるため、いつもこの手が使えるわけではない。特に、コーヒーを飲んだ後に突発長時間ミーティングに巻き込まれ、残業するハメになると、ストレスで胃がキリキリ痛んで苦しい。

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コーヒーのせいだけでもない気がする。

やはり鬱から復活しつつあるのだろう。(とこのブログに書くのも幾度目になるか)

鬱から抜けるタイミングを後から振り返ると、様々なファクターが絡み合っていることが分かる。気温。湿度。睡眠と夢。体調。家族や友人、仕事メンバーのちょっとした一言。そして本や映画。(考えてみればウェブの情報からは殆ど触発されない)

今回、有効だったと思われるのが禅だった。

数日前から、朝に五分ほど座禅を組んでいたのである。

股関節が硬いから、正式な座り方(結跏趺坐)はできない。折り畳んだ毛布を尻に敷いて、胡座をかく。

呼吸を整え、雑念を追い払う。なかなか雑念は消えない。五分やって断片的に数秒間、意識が止まればマシである。

何だそりゃ、である。そんなことをして何になるのか。馬鹿馬鹿しい。

人生だってそんなもんじゃないか。馬鹿馬鹿しいことばっかりじゃないか。

座禅を終えると、少し頭が地についた感覚と共に一日が始まる。

通勤中に気に入った禅僧の本を読む。個人的には、エラいとされるセンセイや大家より、傍流の方が書かれた本が身に染みる。

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一旦、自分を捨てる。自己にまつわる情報(ADHD!)を、自我意識を捨てるのだ。

身体そのものに立ち返る。

すると、世の中もまだ捨てたもんじゃないな、などと思えるのだ。少なくとも、まだまだ自分には成長の余地がある。まだまだ未熟である。

そして、まだ自分は生きている。

愚かさに振り回されていると、あっという間に自分を失ってしまう。

足るを知り、自己を知る。

何だか偉そうな結論になりつつあるが、苦労して生きているんだから、それでもいいのだ、と思うのだ。