A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

右往左往

本日は休肝日のつもりだったが、夕食にカツオの刺し身が出たので、2合半ほど飲んでしまった。

意志が弱い。

先週は簡単に休肝日を作れたのだが。

白いご飯に、カツオの刺し身を合わせても良かっただろうに。

すなわち、まだ鬱に近い状態なのだろう。

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土日、仕事のストレスでかなりやられた。

不眠症に近い。怒りで興奮して夜中に目が覚める。明け方まで眠れない。

おかしい。普段のオレじゃないなどと焦り、不安に囚われてしまうと悪循環である。

嫌な思い出やら、何やらがフラッシュバックしていよいよ眠れない。

うーむ。拙いぞと思ってヨガの本を読み返してみた。

ADHDは脳の暴走である。

骨身に染みて分かっている。だから脳を信用していない。体が基本なのである。

脳が暴走すると、自分の体を傷つけ始める。

だから、体の声を聞こうとする。体に主導権を渡した方が、上手くいくからだ。

そう思ってヨガの本を読むが、いまいちピンと来ない。

次に去年買ったネルケ無法の本を読み返してみた。

これはしっくり来た。

人は皆凡夫である。怒るのが人間。悩み、苦しむのが人間。

その人間を救うために、座禅をするのだ、と。(意訳)

文章にするとメチャクチャである。

でも、それが腑に落ちた。

不思議なもので、兵庫の山奥で自給自足をしながら一生懸命座禅をしている人がいて、その言葉に癒やされる自分がいる。

ただストレートに生きて、素直に語るだけで、誰かを力づけることもできるのだ。

ただ生きているだけで、誰かの力になることもできるのである。

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ADHDを持っていると確信してから、向上心が なくなっていた。

ADHDだから。仕方ない。どうしようもない。

そう思い込んでいたようだ。

ADHDだから、苦労する。仕方ない。

そこで終わったらもったいないのでははないか。苦労したからこそ見えるものがある。

ADHDを持って苦労している。そこをスタート地点として、何かを始めることができるじゃないか。

久しぶりにそんな風に思ったのだ。