A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

ADHD者と料理

ADHD者と料理は、比較的相性がよいのではないかと思う。

わりとクリエイティブな作業だし、どんどん手を動かす必要があるから退屈しない。料理していると楽しいと思う。

中には火をつけたのを忘れて別のことを始めるとか、そういうADHD者もいるかもしれない。料理が嫌いなADHD者にありそうなことである。興味の持てないことにはとことん集中できないのだ。

幸いわたしは料理が好きだからそのあたりは問題ない。火をつけたらちゃんとタイマーをセットする。灰汁取りなど必要があればマメに面倒をみる。多動を利用して(?)合間に野菜を刻んだり、調理器具を洗ったり、せわしなく動いている。また楽しからずや、である。

一般にADD/ADHD持ちは、片付けを苦手とすると言われる。わたしも清掃・後片付けは得意とはいえない。だが、料理の後の片付けは結構マメにやっている。調理後の台所はピカピカである。自分でも感心するほどだ。

最初はこうではなかった。ドヤ顔で料理して「料理したから片付けはよろしくね」などと妻にほざいていたものである。最初は妻も我慢していたが、ある日当然のように切り返された。「今日はわたしが料理したから、片付けはよろしくね」。ぐうの音も出ないわけだ。

それ以来、一念発起し、料理と片付けを平行して進めるように工夫するようになった。

調理しながら「水で流せばよいもの」と「石けんで洗わなければならないもの」と「脂汚れを紙でぬぐってから洗うべきもの」に分類し、それぞれ2,3個溜まったら隙間時間に洗って片付けてしまう。調理後の片付けが面倒臭いのは、鍋やら皿やら脂汚れやらがグチャッとカオス状態になって、積み上がっているからなのだ、と知った。食べ終わった皿も、ある程度分類すれば洗うのは苦にならないのである。

学生時代はこうではなかった。何日も洗わない皿が、シンクに溜まっていったものだ。(これぞADHD!)

「片付け」というのはADHD者の鬼門である。「やればできる」というようなものではない。「(どんな簡単なことでも)どうしてもできない」。それがADHD者なのである。

では、なぜ出来るようになったか。2点ポイントがあると思われる。

一つは、後片付けを楽しんだこと。これを楽しむに如かず。ADHD者のためにあるような言葉である。

もう一つは、次第に強迫観念が生まれたこと。片付けないと気持ちが悪くなってしまったのだ。ADHD者は「片付けたくない」という強迫観念を持っている。「片付けなきゃ」と思うだけで嫌なものがこみあげてくる。それが180度方向転換してしまったようなのだ。

強迫観念というとあまりいい響きはしないが、酔余「しまった。鍋洗ってねーや」などとフラフラ台所に立ち、酩酊しながら汚れた中華鍋を洗ってしまうこともあるから、モノは使いようだな、などとも思うのである。