A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

ADHD者と有名人(あるいは成功者)

アスペ者に関する記事を見てみると、やたらと「特定の仕事で高度な技量や才能を発揮する」とか、やれアインシュタインはアスペだった可能性が高いとか、ビル・ゲイツもそうだとか、ヒットラーもそうだったとか、有名人にアスペ者を見出して溜飲を下げているパターンが多い。(ヒットラーがアスペだとしても溜飲は下がらないか)

ちょっと調べてみると、アインシュタインには確かにアスペ的な振る舞いが見られたが、ジョークやユーモアを解したからアスペとは言い切れないとか、ビル・ゲイツヒットラーも(この二人を並べたことに他意はありません)、あれだけ多くの人をひっぱることができたということはアスペである可能性は低いとか、天才には変人が多い、それだけの話ではないか、などという意見もあるようだ。

個人的には(アスペ者の実例を観察する限り)やはり違うんじゃないかと思う。アスペ者はユーモアどころではないし、(気の毒だが)人間関係ではちょっと尋常ではない軋轢を起こしがちだと理解しているからである。

翻ってADHDはどうか。

海外のブログを見る限り、アスペとは異なり、やたらとADHD疑惑のある有名人を羅列するとか、そういう記載にはあまりお目にかからない。

むしろ、ADHD者が日常生活を送るに当たって具体的にどうしたらいいか、などといったプラクティカルな記載が多いように思う。

上記の傾向を簡単に考察すると、一つは「アスペ者特有の細部への強固なこだわりや何時間にもわたる極端な集中力が成果を出すことがありうる」のに対して、ADHDについては「ADHDを持っているから優秀」などとは単純に言えないからという理由があると思われる。

ADHD者の持つポジティブな傾向には、「単刀直入」「直感的」「意思決定が早い」「頭の回転が速い(ように見える)」というものがあると個人的には思うが、「ある特定の分野で成功できるユニークな性質」とはいえない。逆にいえば、ネガティブな側面を何とかなだめることができれば、(表面上は)社会生活に広範囲に適応することも決して不可能ではない、ということになると思う。

例えば、わたしが思うに、超大企業ではある程度のADHDは受け入れられ易いと考えている。その理由をいくつか上げてみよう。

  • 高学歴な人間が集まる(高学歴な人間は一般に変人に寛容である)
  • 変な奴を泳がせておく余裕がある(弱みをエグってくるのではなく、長所を伸ばす余裕がある)
  • 雑用が少ない(システム化されていたり、派遣社員に丸投げできたりする)
  • 「敢えて空気読まない」コミュニケーションが重宝されることが多い
  • クリエイティブな仕事が多い(個人的にはこれが一番大事だと思う)

超大企業でも上記の条件が全て当てはまるわけではないと思うし、中小企業であっても上記の条件を満たす会社はあると思う(ベンチャーとかね)。ADHD者が会社になじめるかどうか。実際には運によるところも大きいだろう。

超大企業に就職できなかったわたしは、流れ流れて一人会社に行きついたわけだが、今となってはこれもある種の必然だったかと思う。

長くなってきたがADHDではないかとわたしが勝手に思っている成功者について。

それは宮崎駿村上春樹である。

宮崎駿はテレビ画面から伝わってくるイライラとした雰囲気や多動を見て勝手にそう判断している。

また村上春樹は彼のエッセーから読み取ることができる情報からの判断だ。(奥さんから「落ち着きがない」と言われたとか、運動しないと机に座れないとか、組織で働くのがバカバカしくて店を始めたとか)

(話半分ってことでお願いします)

ADHDH者は、時間に縛られないクリエイティブな仕事には本当に向いていると思う。

しかし、圧倒的な才能のない(わたしのような)パンピーADHDとしては、何とかこの猛獣を飼いならして暮らしていくほかはない。

「ここではない、どこかへ」。

しかし、自分と自分のADHDからは逃げられないのだ。

「ここではない、どこか」は、実は心の中にあるのではないか。

たまには落ち着いて内面に安住してみてもバチは当たらないと思うのである。