A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

自閉症??

土曜の夕方、4時50分。

すでに日本酒5合近く飲んでいると思う。どういうことか。

.

アスペの人の手記(ペンギン日記)などを読んで、非常に親近感を持つものの、100%「分かる!」とは同意できないのである。アスペとADHDは、やはり違う。

ADHDは、人の気持ちも分かるし、空気も読める。にもかかわらず、他人とのインタラクションで苦労してしまう(空気を無視して、衝動的に言ってしまうからだなあ)。

ADHDは、自閉症ではないということかなあ。と思うが、いまいち得心が行かない。アスペ者の苦悩は、何となく分かるからである。しかし、アスペ者の苦悩は分かっても、その思考回路に共感はできない。

アスペ者が、イライラしながら、べらべらしゃべっている。話が他人に通じているかどうか、分からないからだろう。人の話が、分からないからだろう。見るからにテンパっている。ああ。アスペらしいなあ。と思う。「これがアスペだ」と、理解はできる。でも、共感はできない。

.

アスペは自閉症の一種だと理解している。

ニュアンスが通じない。ちょっと複雑な話が通じない。空気が読めない。自他の境界が分からない。人の気持ちが分からない。

しかし「閉じている」かというと、ちょっと違うような気がする。閉じているというより、開きっぱなしと言った方がいいのではないか(ペンギン日記にも自開症とあった)。

自我の広がりと、世界の広がりが同じなのだ。区別がつかないのだ。

.

自我と世界の区別がつかない。

ADHD者は、自我と世界の区別はつくが、その境界は、曖昧である。

衝動が、多動がその境界を打ち破るのだ。

そう考えてみると、ADHD者が自閉症スペクトラム者に少しばかり共感するのも分かるような気がするのである。