A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

ADHD者の仕事術(1)

ADHDは、上手く使えばポジティブな財産となる。負け惜しみではない。興が乗った時のエネルギッシュな姿。敢えて空気読まない突っ込み。人を動かす本音トーク。頭の回転の速さ(脳内花火大会絶賛開催中)。短時間だが強い集中力。ADHD者は、プロダクティブにも、クリエイティブにもなれるし、上手く感情をコントロールすれば人気者にだってなれるのである。(と自分を盛り上げてみる。盛り上げないとやってられない。というほどでもないけれど。それにしても、もう少し早くADHDだと分かっていればなあと思うが、アメリカでADHDの診断基準が定まったのが1994年とのこと だから、仕方ないのである)

衝動的な発言や行動、突然の無関心や注意力散漫によって、人間関係やルーチンワークでは非常に苦労するんだけどね。

さてさて。本題。

Work Tips from Adults With ADD からの意訳抄訳である。

add.about.com の読者の皆さんによる、ADHD持ちの仕事術をまとめた記事である。読んでいて、分かる分かる。オレもやってる。と共感することしきりであった。アメリカのADD/ADHD者の皆さん、頑張っておられる。心強い限りである。

・何よりもまず、集中すること。

8時間きっちり仕事することがどうしてもできませんでした。しょっちゅう深夜残業や休日出勤していました。試しに一日8時間を4つの2時間枠に、その2時間枠を45分、45分そして30分の三つの枠に分けてみました。まず45分間一つの仕事に注力します。45分経ったら、その時に何をしていたとしても、別の仕事を始めるのです。再び45分が経ったら、次はテレビを見たり散歩をしたり、30分間好きなことをします。初めは罪悪感がありました。だって、一日のうち2時間(30分×4セット)は仕事をサボってるんですから!でも、どうやら私の場合、この方法で他の人よりも高い成果を出せることが分かったのです。

ADHD者は30分から45分という単位でなら強い集中力を発揮できるのだ。その時間を息抜きを挟んで反復させる。まことに得心の行く方法である。かくいうわたしも、1時間に1,2回は椅子を立って遠くを眺めたり、 asahi.comなどニュースサイトを眺めるというサイクルで仕事をしている。

と思ったら、まさに同じ人がいた。

立ちあがる。オフィスの周りを散歩する。少なくとも一時間に一度は伸びをする。これで脳をリセットして、仕事に集中するんだ。

・TODOを細分化する。とにかく着手できるようにする。

レポートを100ファイル処理する仕事であれば、まずはカテゴリー毎に分けますね。それでも集中できないと感じたら、さらに提出された日付毎に分けます。

タイマーを使う人もいる。

二つのサイクルを定義できるタイマーを持っています。一つを45分、一つを15分にセット。45分は仕事に集中して、残りの15分は楽しいことに割り当てます。このサイクルで仕事をします。

つまらない仕事だと45分間集中力が持たないことがあります。そんな時は、つまらない仕事に40分、楽しい仕事に20分を割り振ります。トータル60分を越えてタイマーをセットすることはありません。一日を一時間単位でプランするようにしています。

一時停止ボタンも使います。仕事から離れるときは、離れた時間を記録するために一時停止するのです。こうすれば、自分がどれだけ仕事をしたか、後で確認できますからね。

皆さん苦労&工夫してらっしゃるのである。

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正直なことを言うと。

ADHD持ちは苦労して集中力を維持しているのだが、集中力をコントロールしている分、非ADHD者よりも生産性が高いのではないか、とも思う。(スミマセン)

上記の仕事術は、ADHDと自覚する前から自己流仕事術として実践していた(タイマー以外はね。海外に同士が多いと分かって嬉しい)。

周りの人々が仕事をしているの見て「何をあんなにダラダラすることがあるんだ?」と不思議でしょうがなかった。タスクを分割して、それぞれに集中して仕事をすれば、4時間もあればで片付く(45分×4セット+休憩)。どんなに頑張っても8時間。それ以上は集中力が持たない。だから明日に回せばいい。どんなに忙しくても、定時に仕事が終わらなければオカシイのである。

こんなことを腹で考えて、さっさと定時に帰ったりしているから(敢えて空気読まない)、ADHD者は浮くのだろうなあなどと自らを振り返って苦笑したりもするのだが、自分がADHDだと確信して「これでいいのだ。仕方ない」とも思う。

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と書いていたらWikipedia気になる叙述を見つけた。

ADHDは知能の低下には影響を及ぼさず、むしろ一般よりもかなり高い知能をしめす者も多いとする主張も存在する。実際には診断基準が確立される以前の人物の知能を測定するすべはなく、信憑性が低い。しかし、その説を根拠に「ADHD優越論」を唱える人や、医学的な診断を経ていないにもかかわらずADHDを公言する「自称ADHD」という人たちが存在し、この点は他の障害には見られない特徴といえる。

わたしも上でいう「自称ADHD」に違いない。実生活は不自由していない。診断を受ける気もない。ADHD者が一般に知能が高いかどうかは知らないし分からない。

ADHD優越論と聞いて、ADHD者の「自己イメージの不全」ではないか、と思いつつ、心情は理解できるなあと思う。ADHD者は苦労して生きているのだ。その苦労に意味を与えたいのだろう。オレは苦労してきた。その苦労には意味があったに違いない。苦労して生きてきたオレの人生、少しはレベルアップしたはずだ。そう考えるのが人として自然であろう。「あんたのこれまでの苦労は無意味だった」などという指摘を、誰が受け入れられるだろうか。

アスペ者が「モーツァルトアインシュタインアラン・チューリング、そしてビル・ゲイツにもアスペの可能性があったらしい!」(サンプル出典 )と自らを励ますようなものではないかと思う。(想像するにアスペの人の苦労はADHDに勝るのではないかと・・・)

そんなところで。