A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

ADHDといっても

少なくとも20代後半からは、苦労はしてきたものの、外面的な精神生活や対人関係で破たんしたことはない。そして30代を過ぎてからはまずまず普通の暮らしを送ってきたわけで、今さら医者に診てもらおうとか、薬を貰おうとか、そんな必要は全く感じない。

これまでの人生が腑に落ちた。それだけの話である。

何せ、学生時代にあれこれ考えた結果の自己分析が「統合失調症の数歩手前」だったのだ。ADHDの方がよほどマイルドでよろしい。

わたしのこれまでの人生、前掲のリストの通りであった。

(例:組織に所属するのが苦手。だらだら引き延ばす。発言の適切さやタイミングを考慮しないまま思いついたことをしゃべってしまう。退屈に耐えられない。短気。簡単に注意が逸れる。集中できない。読書や会話の途中で突然無関心になったり「心ここにあらず」になる。"正しい"手順に従うことが苦手とかとか)

まさに人格障害である。そりゃ、オレの人生大変だったわけだよな。と思う。

一人会社に行きつくわけだよな、と思う。

それから、ADHDにはポジティブな側面があることも確認できたのが良かった。

リストを作成したADHD OVERVIEW « Dr Hallowellのページにも、以下の記載がある。

In my opinion, ADHD is a terrible term. As I see it, ADHD is neither a disorder, nor is there a deficit of attention. I see ADHD as a trait, not a disability. When it is managed properly, it can become a huge asset in one’s life.
(snip)
As I like to describe it, having ADHD is like having a powerful race car for a brain, but with bicycle brakes. Treating ADHD is like strengthening your brakes–so you start to win races in your life.

訳)あくまで私見ではあるが、ADHDというのはヒドイ用語だと思う。わたしの見るところ、ADHDは障害ではないし、注意に欠陥があるわけでもない。ADHD特性の一つだと思う。無能力などではない。ちゃんと管理することが出来れば、人生の大きな資産にもなりうるものなのだ。
(略)
わたしの好きな言い方なのだが、ADHDを持っていることとは、自転車のブレーキを持つパワフルなレースカーのような脳を持っているということなのだ。ADHDを扱うとは、そのブレーキを鍛えるということなのだ。そうすれば、人生のレースに勝つために、スタートできるのだ。

これも納得が行く。

自分で言うのもなんだが、直観力には優れる方だと思う。またADHDを持っていると「敢えて空気読まない」ことが得意である。

苦労して来たから、下積み的な経験もある。

ADHDは財産。実は、素直にそう思えるのである。