A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

俺のADHD

ここ数日の間に、自分がADHDであると確信した。

今までに感じてきた「生きにくさ」がキレイに解釈できるからだ。

思い返してみると、中学生くらいから「自分は人とは違う」という強烈な違和感があった。

何かがオカシイ。変わり者だと言われたし、変わり者だと思っていた。

なんかよく分からないけど、ズレている。空気も読まずに(読めるのに)変なことをしてしまう。変なことを言ってしまう。発言や行動が衝動的。短気。抽象的な心配ばかりしている(小学校4,5年の頃から死を恐れ出した)。落ち着きがない。自己評価も自己観察もあったものではない。

落ち着いてきたのは、大学生も後半になってからである。

その頃から、少しずつ、自分を客観的に見られるようになってきた。

自分の中に「落ち着いて自分を客観的に見る」"ファンクション"が形成されていったのである。

昔はこれを「理性」だと思っていたが、ちょっと違うかもしれない。確かに「反省」という契機はあるが「理性」ほど抽象的ではない。だから、とりあえず「ファンクション」という言葉を当てている。

経験則とロジックで考えて、「今、その振る舞いはふさわしくない」とか「その発言は、場にそぐわない」とか「そこは逃げてはいけない」などとADHD的な活動にストップをかけるのだ。

例えば、わたしは書類のマス目に文字を埋めるのが大の苦手である。考えただけで胸に灰色の重いかたまりがつかえたようになる。

設計書や報告書なら、むしろ楽しんで書く(楽しくなかったらIT業界で独立するわけがない)。

説明を読んで、指示通りに計算して、その数字を決まった場所に埋めて、住所氏名を書く。こういった類の書きものが大っキライなのだ。

特に役所系の書類。決算報告書や、労働保険、社会保険等々。いつも嫌々書いている。(幸いなことにどれも1か月以上の納期があるから、なんとか間に合っている)

ADHD的自我にそのままこのタスクを任せると、実際にひどい目に会うまで、何もしない可能性が高い。だからTODO管理し、タスクを細分化し(今週末に少なくとも住所欄だけは埋めよう)、少しずつ進めているのである。

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キーワードに引っ掛かったのだろう。このブログに「ADHDでお困りではありませんか」的な広告が表示された。

困ってないけどクリックしてみたら、こちらにも「大人のADHDチェックシート」があったので、試してみた。

忘れ物は多いですか。会議で長時間座っていられますか。じっくりと考える作業から避けがちですか。何かに駆り立てられるような気分になりますか。見え見えのテストである。正直に答え、採点した結果は「ADHDの確率は低い」。

そりゃそうだろうと思う。大学生の頃から、苦労して鍛えてきたのだ。(特に社会人一年目は、本当に、本当に鍛えられた。辛かったけれど、いい訓練になった)

メンタルが比較的強いとか、論理的な思考を好むとか、ADHDと相性の良い能力が備わっていたことも奏功したのだと思う。

ADHDは厄介だが、確かにポジティブな側面もあるとも確信している。

腹をくくったら、なんだか世の中が面白くなってきたような気も、しないでもないのである。