A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

自閉症スペクトラムと居心地の悪さ

なぜ自閉症者の手記に心打たれるのか。

ペンギン日記

記憶を辿ってみると、中学生くらいまで、確かに自分には自閉傾向があったように思う。

自閉症とは治るような病ではないと聞いた。とすれば、実は今でも自分には自閉症傾向があるのではないか。

今は自分ではコミュニケーション能力があると思っている。空気が読めると思っている。ひょっとしたら、それは勘違いではないのか。

「一人会社」というあり方に安住していること自体、自閉症的なあり方ではないのか。

とすれば、オレは自閉症か? などと真剣に自問したりもするのだが、しかし、一人で居酒屋に行って初対面の人と盛り上がったり、ご常連さんと良好な人間関係を維持できるような自閉症者はいないよな。などと思いなおしたりもするのである。

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自閉症の方々の言葉に引きつけられるのは、彼らが「徹底的な生きにくさを生きている」からだと思う。

脳の障害のため、他人の気持ちが分からない。しかも、外見上はその障害は全く分からない。

だから自閉症の人々は嫌われ、非難され、傷つき、孤独になる。

どんだけ人生ハードモードだよ。という話である。

健常者だろうがボーダーだろうが、人間関係に苦労しない人はいない。

ちょっとした想像力があれば、自閉症者の苦しみを共有することはたやすいと思う。

ましてや、紆余曲折ありつつも今のところ「一人会社」に落ち着いてしまっているわたしからすると、どうやら自閉症者に感じる共感にはただ事ならぬものがあるようだ。

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かといって、自閉症者がリーダーになったチームで働くことは、なかなか難しいことであるのも事実だ。

会話が成立しない。こだわりが強すぎる。簡単に激高する。

こだわった結果、よいシステムができることはまずない。木を見て森を見ず、というやつである。

よいシステムを作るためには、割り切ることが大事なのだ、と遠くを見つめるのみである。