A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

2014/3/6 酔余

いろんな人がいる。

面白いのは人をバカにしながら生きている人である。

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どうしてそうなった。

人をバカにして自分を保つ。

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親の顔が見たい。きっとロクでもない親だろう。虐待一歩手前で育てたのだろう。

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こんな人が上の立場に立つと(出世したり、協力会社を使う立場になったり)、眉をひそめるような態度を取り始める。

何でもかんでもバカにする。

人の時間を粗末に扱う。

無闇に人を待たせたり、人の成果物になかなかOKを出さなかったり。

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そんな人が幸せになれるハズがない。

今だって幸せなハズがない。

不幸だから、そんな態度を取るのだ。

不幸な人が、そんな態度を取るのだ。

そんな態度を取ることによって、余計に不幸になる。

悪循環である。

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地獄で生きている。

哀れなものだ、と思う。

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とはいえ、迷惑をこうむっているのはこちらである。

呑気に「哀れだなあ」と思うだけの余裕があるだけ、マシだよな。と自らを慰めるほかはない。

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人は(日本人は?)真面目だなあと思う。

バカにされたのに、バカにした人を守っている。

「あの人が言っていることは、結局正論だと思うんですよね」

自分をバカにした人を、擁護している。

不思議な思考回路だなあと思う。

育ちが良いのだろう。

他人から「オマエが悪い」と言われると「そうか。ボクが悪いのか」と思ってしまうのだろう。

当方、「オマエが悪い」と言われたら「そりゃそうかもしれないが、テメーの方が100倍悪いぜ」と心の中で悪態をついている。

こんな人間が心安らかに組織に従属しているわけはない。一人会社、むべなるかな。である。

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共依存という言葉がある。

ダメな人同士で、支え合っている様子を意味する言葉と理解している。

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人を貶めずには自分を維持できないというダメな人。

素直すぎるという、少しだけダメな人。

この二人がお互いに支え合っている。

なかなか興味深い光景である。

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素直すぎる人というのは、さほどダメなわけではない。

いつかは心が折れるか、逃げることになる。

そうなった時に「人を貶める人」がどうなるか。

新たな犠牲者を探すのであろう。

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たまに、まともな人がいる。

まともな人に会うことは、とても幸せなのだなあと思う。

最初は「何となく気に入らねーな」などと思っていても、まともな人はやはりまともである。次第に心が打ち解けてくる。

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デカルトが、人間には生まれつき「ボン・サンス」(good sense)が備わっているなどと書いていたように思う。(普通は「良識」とでも訳すのだろうか)

必ずしもそうとは言えないよな、と苦笑することは多いが、究極のところで人を信頼するとしたら、結局デカルトの立場に戻らざるを得ないのではないか。

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まあとにかく、変な人であれ迷惑な人であれ厄介な人であれまともな人であれ、出会いというのは面白いし、大事にしなければ、と思うのだ。