A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

2014/2/25酔余

普段、世の中どうもオカシイんじゃねーか。と思いながら生きている。

イライラする。参ったなと思う。

あんまりイライラするから坐禅をしてみる。ヨガをしてみる。仏教書を、むつかしい哲学書を読んでみる。

その時ばかりはちょっとだけスッキリするのだが、何も解決してないよなと思う。その繰り返しである。

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養老孟司氏の本を読むと安心する。スッキリする。まともだと思う。

我が意を得たり。

養老孟司氏の本は、オレしか理解できない。

そんな「オレにしか理解できない本」が、それなりに売れているらしい。

ということは、日本もまだまだ捨てたものではないな、などと悦に行ったりもする。単純なものである。

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システム構築の世界で生きている。

養老風に言えば、意識の世界であろう。

システムとは、脳が作るものである。

「ああすればこうなる」の積み重ねが、システムである。

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ところが、そんな簡単には行かないのが面白い。

「ああすればこうなる」のは、せいぜい数十行のプログラムである。

数百行を超えてくると、

「ああしたのに、こうならない」

「こうなるはずが、ないのだが」

「どうして、こうなった」

の世界である。

ロジックを駆使して、世界を作る。

その世界が思うように動かない。

身に染みて分かっているから、養老孟司氏の主張がよく分かる。

意識は「ああすればこうなる」と思い込んでいる。

ところが「ああすればこうなる」と思い込んで作るプログラムが、思うように動かない。

「おまえの作るプログラムの出来が悪いのだろう」

それはあるだろう。

しかし、バグのないプログラムはないのだ。(あくまで「バグじゃない」と言い張るなら別だが)

ゲーデル不完全性定理を思い出す。

意識が作り出すものに、完璧なものはない。「ああすればこうなる」という考え方は、実は最初から破たんしているのだと。

プログラミングという極めて人為的な行為をしながらそう思う。

面白いものである。