A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

「若い頃の苦労は・・・」

「買ってでもしろ」などという。

「これだからゆとりは・・・」

とか、

「最近の若いもんは(舌打ち)」

といった、上から目線のイヤな言葉だなあと思っていた。

「若者に苦労をさせて、うまい汁を吸おうとしてやがるんじゃねーか」

そんな印象もあった。

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ふと、上の世代を見てみる。

当方の上の世代だから、40後半から50オーバーあたりの人である。

この人、オレより半周り以上年上だよな。一体今まで、何してたんだろう。と不思議に思ってしまう人がいる。

いくらでも学習できたろうに、学習した気配がない。

苦労だってあったはずだろうに、苦労した様子が感じられない。

かといって、のほほんとした大人物でもないし、微笑ましいような年の取り方をしてもいない。

いわば、矮小な大人である。白髪が生えて、シワの寄った子供である。

どうしてこうなった。といえば、苦労が足りなかったんじゃねーか。と突き放すように思う他はない。

勉強も大事。

苦労も大事。

挫折も大事だ。

「若い頃の苦労は買ってでもしろ」というのは、単なるおためごかしではなかったのだな、などと今更ながら思ったりもする。

もちろん、買ってよい苦労、買うべきではない苦労はあるだろう。

ひたすら工場のラインで働き、心身ともに消耗するような苦労はどうか。

家で親に心配を掛けながら引きこもる苦労はどうか。

無一文で世界を一周するたぐいの苦労はどうか。

どうも違う気がするな。

では、上司とやり合う苦労はどうか。

自分の筋を通して、周りと軋轢を生じさせる苦労はどうか。

若い頃の苦労としては、こちらの方が適切ではないか。

敢えて空気読まないことは大事なのだ。

我が子らにはぜひとも苦労してもらいたいと思うし、当方もまだまだ若造だと自認しているから、まだまだ苦労してもいいのではないか、と思ったりもしつつ、そろそろしんどいよな。などとも思うのである。

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補足の独り言)

苦労しない人がいるだろうか?もはや想像の埒外である。

大人になっても甘やかされていたのか?

苦労から学ばなかったのか?

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主体的に「苦労」に関わる必要があるということか。

ブツブツ