A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

Webに関するリアルでクールな考察

例えば「バカの壁 (新潮新書) 」のコンテンツが匿名ブログで粛々とアップされていたとしたら、どれほどのアクセスを集めただろうか。

あるいはお化けサイトであるGigazineが紙媒体の週刊誌だったとしたら、発行部数はどのくらいだろうか。

そんなことを考えてみる。

バカの壁」をブログで出版しても多数のアクセスを集めることはないだろうと思われる。一部で評判になるかもしれないが、全く注目されない可能性もある。Webでヒットするコンテンツとは思えない。

Gigazineが週刊誌になったら?そこそこイケるかもしれない。でも、文春、新潮、現代、ポストと並んでいるところを想像すれば、突出した存在にはならないだろうと思われる。鮮度が命の情報も多い。週刊では厳しいだろう。

Gigazineを卑下しているわけではない(「バカの壁」も同様)。ブログに適したコンテンツがある。抽象的な人生訓や哲学的な考察は、あまり評判にならない。たまたま読んで感心することはあっても、次のクリックでセンセーショナルな記事を読んだ瞬間忘れている。まとめサイトに乗ることもない。

ではブログに適したコンテンツとは何か。Gigazineを見れば分かる。アニメ。ゲーム。ジャンクフード。あるいはグルメ。自己啓発。起業。デジタル・ガジェット。一攫千金。少しばかりのサイエンス&テクノロジー。

Webでウケるコンテンツにはある種の傾向がある。見る側の知性や教養は関係ない。誰も哲学的洞察を求めてネットサーフィンなどしないのだ。人生について考えるのなら図書館か本屋に行く。それがWebの現実である。

確かにWebは、マクルーハンがかつて評したように、メディアとしてわれわれの意識を拡張したかもしれない。しかし、Webが拡張したのは「偏った欲望」に過ぎないのではないかと思える。皮肉ではない。Webでアクセスを集める情報を見れば分かることだ。

そんなWebで半匿名の無名な人間に何が出来るというのだろうか?

「可能性は0ではない」というコピーの、イタさを演出したテレビCMが思い起こされるのだ。