A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

「風立ちぬ」原画展@所沢西武

宮崎駿監督作品は大抵、映画館で2度見る。

1度見ただけでは、ちゃんと理解した気にならないからである。

宮崎アニメはどれも、印象的なシーンが、テンポよく、次々と切り替わるから、頭が追いつかないことがある。映画館から出て初めて「あのシーンはこういうことだったのか」などと気が付くことも多い。

見終わった後で、どうも見過ごしたシーンがあるような気がする。消化不良である。もう一度見ないと収まりが悪い。メッセージや筋が比較的明確な作品だったら、さすがに二回も見れば納得して映画館を出ることができる。

ラピュタは4,5回見た。

崖の上のポニョ」は難しかった。ラストシーンを見て、わけが分からないと思った。二回見たが、やはりよく分からなかった。映画全体のメッセージも未だによく分かっていない。宮崎作品の中では特異な存在だと思う。「イメージの奔流を抑えきれなかったのではないか。あれはあれで、そのままああいうことなのだろう」と納得するようにしている。

今回の「風立ちぬ」。

珍しく1回で得心が行った映画だった。「あー。分かった」と思った。映像が良かったからもう1度見てもいいかな、とも思ったが「ぜひとも2回見たい」というほどではない。頭の中でシーンがつながっている。ストーリーも、情念も把握できた気がする。時間と金は他のことに使おうと思った。

代りに行ったのが所沢西武で開催されていた「風立ちぬ原画展」である。

もう一度、あの浮遊感覚を味わおうと思ったのだ。原画をいくつか見れば十分だ。そう思って一人、所沢西武に行ってみた。

雨の祝日に、朝から下り電車に乗った。

通勤中は羨望のまなざしで見る下り電車である。実際に乗ってみると、案外大したことはない。それでも、人の流れとは逆の電車に乗るのは楽しいものだ。

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所沢は案外近かった。店舗はチェーン店が多いようだ。チェーン店は詰まらないが、少なくとも安心感はある。西武デパートに入ってみたら、人が少ない。祝日にこんな人出でいいのかと思うが、郊外のベッドタウンには、それはそれで別の書き入れ時があるのだろうか、とも思い直す。

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原画展は、かなり良かった。菜穂子が絵を描いていた丘をイメージしたオブジェや、機関車客室のセットなど、相当金が掛かっている。入場料が確か500円(クラブオンカードを提示して300円)。運営サイドは赤字ではないかと思う。原画が思ったより小さいことに、驚いた。

この映画の肝は、浮遊シーンと夢のシーンだと思う。

宮崎駿の夢を、そのまま現実化したのが、あの映画ではなかろうか。

余韻に浸りながら、上り電車に乗る。

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中学生の時に、気球に乗って空の谷間を冒険する夢を見たことを、今でも覚えている。

岡山県倉敷市の団地に住んでいた。「児島工業地帯」という言葉がすーっと思い浮かぶ。

ベランダの前に、田んぼが広がっていた。山も見えた。大した山ではない。四、五百メートル級の山だろうか。道路は整備されている。子供には越えがたい壁だが、車を操るオトナにとっては単なる通り道だ。

田んぼにはカブトエビやオタマジャクシがいた。たまに、蛇もいた。

カエルに爆竹を食べさせて、放り投げた記憶がある。今思えば、カエルが爆竹を食べるわけはない。でも、カエルを何匹か殺したという罪悪感には、今でもずっしりとしたリアリティがある。

ヘビもいた。友達の前で、ヘビのしっぽを持って振り回した。友達は引いていた。わたしは必死だった。

思いっきり振り回していたのに、蛇はその遠心力に負けようとせず、蛇行スタイルをキープしていた。毒蛇ではないだろうと子供心に信じていたが、掴んだしっぽに感じた力強いヘビの筋肉の動きは、30年経ってもこの右手にありありと覚えている。

団地の横に小川が流れていて、いくらでもザリガニが取れた。

イチジクの木にカミキリムシがいて、運が良ければ捕まえることができた。カミキリムシは、しみじみするほどカッコイイと思った小学生時代だ。

食べごろのイチジクの実は、あまりなかった。今思えば、見つけた人が、適宜食べていたのだろう。

これ、うまいぞ。と、友達から差し出されて食べたイチジクの、青臭い様な、イチジクの葉っぱをもぎ取った時に染み出る白い汁のような、エグミと甘味と、イチジクの実の美味さは、今でも覚えている。

あの頃の自分は、軽々と空を飛べた。

宮崎駿は、あの御年齢にして、やすやすと空を飛ぶことができるのだろうと、確信する。

今の自分は、夢の世界で飛べるだろうか?

この問いを抱いて、今日も寝ようと思う。