A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

仕事の出来ない人2

数日前に「突き詰めて考えることがないが故に仕事が出来ない人」について書いてしばらく、何かがのどに引っ掛かっているような感じがしていた。「突き詰めて考えることがない」のは原因ではなくて、結果ではないだろうか。そんな気がしたのである。

「突き詰めて考えられるかどうか」と「頭の良し悪し」とは無関係だ。むしろ性格に依るのではないかと思う。例え理詰めで考えたとしても、性格が弱いと、上司に説明するのは苦手に違いない。性格が弱いから否定されたら心が折れやすい。心が幾度か折れた結果、いろいろ考えて自分の意見を確立するよりも「正解」を得ようとして上司の意見を求めるだけになってしまう。

一つには上司の責任もあるだろう。ダメ出しばかりで解決策をさっさと提示する。そんな上司の下で働いていると、自分で考える力は失われるに違いない。

もう一つ、あまり良い言葉ではないが「奴隷根性」が染みついた人は、自分の頭で考え主張することがあまりない。遠巻きに副作用をネチネチと指摘したり、陰で愚痴ったりはしても、正面切って反論することはない。対案が出せないのだ。「そう言いましたよね」「決めたのは、XXさんですよね」。要するに責任回避である。

故に、仕事が出来ない人は、性格や根性に問題があるといえる。証明終わり。

などと書いてみても、当然、腑に落ちない。

奴隷根性も、役に立たないわけではない。決まったからには、やろうか。やるしかない。無思考と勢いが必要な局面もある。

また、性格が弱い人が下した慎重な判断が奏功することも、決して珍しくはない。

ドラッカーも常々、弱点を底上げするのではなく、強みを伸ばせと書いていた。適材適所である。

「仕事が出来る」とか「出来ない」という二元論ではなく、多様な人材を活かすことが大事なのだろう。人を大事にする会社が伸びる。キレイゴトなどではなく、本当のことかもしれない。そんな風に思ったのである。