A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

仕事の出来る人3

そんな仕事の出来る人の中に、MARCHクラスの人がいることをたまたま知っている。出来る人たちの中でも、一目置かれている存在だ。

高学歴な人は一般に論理的思考力、記憶力、そして集中力に優れるわけだが、はた目から見る限り、東大京大の人と、MARCHの人とで、大きな違いがあるようには思えない。

仕事と学歴は関係がないと言われるが、それなりに正しいと思う。「それなりに」というのは、やはり優れた論理的思考力と記憶力は、仕事を遂行する上ではアドバンテージになるからだ。しかし、個人的には、MARCH、高専程度の学力があれば、大抵の仕事に必要な論理的思考力と記憶力ぐらい備わっているんじゃないかと思う。

本来、教育は有能な人材を養成するプロセスであり、試験は有能さを判別する尺度である。その数値化された有能さを参考にして、国や企業が人材を選別する。

有能さを計るのは難しい。試験の内容が数値化し易い五教科に偏り、その結果教育が偏ったものになるのは、残念だが仕方がないと思う。

結果として五教科秀才が大企業や公務員一種に集合し、その中からエリートが生まれる。民間であれば学歴だけではなく人柄や家柄が重視されることもあるが、基本的には論理的思考力と記憶力に優れた人が集まることになる。そんな人たちにチャンスが与えられ、活躍することになるから、高学歴=優秀という図式が生まれるのだ。高学歴が優秀なのではない。高学歴には、チャンスが与えられるのだ。

当然、歪みもある。学歴では計れない優秀さなどいくらでもある。

懐の大きさ。謙虚さ。その人がいるだけで、雰囲気が明るくなる。人間的魅力。笑いを取る力。段取り力。割り切る力。前向きに生きる力、とかとか。

数値化されない要素は、主観的な印象だとして切り捨てられてしまう。

以前、会社に勤めていた時のことだが、エリートたちと仕事した部下や同僚は例外なく彼(彼女)らに対してイヤな印象を持っていたように思う。コンプレックスの裏返しを超えた原因があるように思えた。

人生においてはいろいろ学ぶべきことがある。論理的思考力や記憶力など「脳」を偏重するのはマズいことだと思う昨今なのである。