A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

"哲学"?

しばらく文章書かないでいると、感覚が狂いますな。

しばらく文章書かないで書くいた文章は、おかしい。変だ。文脈が変だ。接続詞が変だ。
朝に書いた記事をチマチマと夕方まで直しましたわ。

文章を書く能力というのも基礎体力のようなもんで、おろそかにしてはいかんのかな。とか思います。

この文章も酔っ払いながら書いているのですが、酔っていてもシラフでいても、久しぶりに書く文章は危うい気がする。

一旦「危うい」とか思うと、二の足を踏む。

文章が書けなくなる。

ゆめゆめ、おろそかにするなかれ。とか思うのです。

ま、そんなことはどうでもよくて。

本日思ったこと。

ちょっと、哲学的?なこと。

ヤバイね。文章リハビリ状態で、難しいこと書くなんて。

  でも、そんな難しいことでもないかしらん?

分かりませんが。

哲学。

学を哲する。哲するって動詞は無いのか。

変な言葉ですな。

元の言葉はPhilosophy。philo(愛する)sophy(知恵)。学を愛する、と。

しかし、哲学ってのは、どうも「知識を愛する」とか、そんな呑気なものじゃありませんな。

古代ギリシャではそうだったのかもしれませんが。

思いつめるというか、止むに止まれぬ、というか。

どうにもこうにも煮詰まって、いろいろ考える。

考えるばかりじゃしょうがなくて、行動してみる。

行動した結果、思考と矛盾すると大変つらい。おかしなことになる。生きていくのがツラくなる。

だから、一生懸命考えてみる。

考えてから、行動してみる。

その結果、やっぱりいろいろ出てきて、考えさせられる。

考えて、つじつまを合わせようと、頑張る。

考えてみれば、わたしが起業したのもそうだったのかなあって。

生きるのがツラくなって、エイヤで起業する。
起業ってほど大げさでもないけれど。

しんどかったのは事実ですわな。

生きる=しんどい。

生きる=哲学。

考えながら、足掻き、もがく。

人生って、そんなもんじゃねーかな、と。

オレの場合も、結果としてそうなったし。

とか、思ってしまいますな。

よく分かりませんが。

また、書こう。