A Life With Adult ADHD

2014年にADHD持ちであることを確信し、2017年に自身のサイコパス属性に気が付いた一人会社IT社長のブログ

快適に人生をやり過ごすために。【皆さまのADHDブログ

サイコパス考

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(写真は関係なし)

ある人に「いい性格してるなあ、お前」と言いたいことがあれば、その人はサイコパスかもしれない。

サイコパスは実に「いい性格」なのだ。

人が何と言おうと気にしない。

それこそ、嫌われても、怒られても、何とも思わない。

いや、ホント。

「いい性格」してるから、しばしば嫌われる。怒られる。

何とも思わないのである。

嫌うのも、怒るのも、その人の問題だと思う。

オレ、悪くない。

嫌ったり怒ったりする人の方が、問題があると確信する。きっと人生が不幸なんだろうなあと思う。人を嫌ったり怒っったりするエネルギーがムダなんだから。そんなムダな生き方してたら不幸に違いない。

まあ、子供に対しては、ムダだと思っても真剣に怒るんだけどね。

そうして、自分に対して怒ったり嫌ったりする人に、平然としていると「あの人は実に温厚だ」「大したもんだ」などと評価されるのが面白い。

別に温厚なわけではない。大人物でもない。単に、他者の怒りや嫌悪に無関心なのだ。

リーズナブルな話である。他人が怒ってても、自分を嫌っていたとしてもどうしようもない。好かれようと、嫌われまいとしたって、多分ムダだ。

だったら、放っておくに限る。

当たり前の話である。

と、思っていたら、これはどうやらサイコパス的な発想らしい、と知って感心しているのだ。

道理で、理解されないと思った(「お前は傲慢過ぎる!」と糾弾されたり、あるいは逆にとても人に好かれたりもする)

以上である。

振り返りサイコパス

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(写真は無関係)

今までの自分を振り返ってみると「非暴力サイコパスADHD」という定義が実にしっくり来る。

ハンニバル・レクター@「羊たちの沈黙」ばかりがサイコパスではない。というか、連続殺人鬼自体がレアな存在である。そして連続殺人鬼が必ずしもサイコパスではない。むしろ、「診断名サイコパス」によると、サイコパスには冷酷な経営者や、短絡的な軽犯罪者、詐欺師が多いらしい。

診断名サイコパス―身近にひそむ異常人格者たち (ハヤカワ文庫NF)

診断名サイコパス―身近にひそむ異常人格者たち (ハヤカワ文庫NF)

我が身を振り返っても納得な気がする。

自分が犯罪者にならなかったのは、非暴力的な性格だったのと(自分で言うのも何だが)IQが比較的高かったからだろう。犯罪こそ犯していないものの、人間関係では随分苦労した。随分と反省し、学習したものである。(典型サイコパスは反省も学習もしないらしいが)

日本では生きづらいプロファイルである。一人会社に落ち着いているのが、納得な気がしているのだ。

サイコパス元年

《精神病質(サイコパス)チェックリストの概要》

<感情/対人関係>

  • 口達者で皮相的
  • 自己中心的で傲慢
  • 良心の呵責や罪悪感の欠如
  • 共感能力の欠如
  • ずるく、ごまかしが上手い
  • 浅い感情

<社会的異常性>

  • 衝動的
  • 行動をコントロールすることが苦手
  • 興奮がないとやっていけない
  • 責任感の欠如
  • 幼いころの問題行動
  • 成人してからの反社会的行動

「診断名サイコパス - 身近にひそむ異常人格者たち -」より

診断名サイコパス―身近にひそむ異常人格者たち (ハヤカワ文庫NF)

診断名サイコパス―身近にひそむ異常人格者たち (ハヤカワ文庫NF)

一昨年、ADHDのチェックリストがほとんど当てはまると衝撃を受けた二年後(正確には一月ほど前?)に、「オレってサイコパス属性あるな」と感心してしまった私である。

お前、ひょっとしてバカではないか?

と思ったあなたは健全である。40過ぎて自己分析した挙句、ADHDだのサイコパスだのといた自家診断に至る奴。こいつ頭大丈か?

多分大丈夫である。もう少し言うと、平均よりも明晰で知的な自己省察だと思う。

オレはADHD!という認識にはしっくりきたし(結果的に精神科医からも診断されたし)、人生が変わったレベルの「アハ!」体験ではあったのだが、何だか物足りない。どこか腑に落ちない点があった。

それは、自分が相当ポジティブだ、ということである。Webで見ると、ADHDで苦労している方は、それがハンディキャップになっていることも多いようだ。しかるに、自分は、ADHDで苦労したことは苦労したが、少なくとも、ADHDに振り回された挙句、人生を転落させるような事態には(今のところ)至ってない。ある程度ADHD(+サイコパス属性)にドライブされて?はいるものの基本的には、上向きに来ていると思う。(もちろん、これからどうなるかは分からない。それこそ「かかってきやがれ!」)

このブログでは「鬱」になった時の気分をしばしば書いているけれども、実際にうつ病になったことはない。うつ病なる気もしない。いよいよ追い込まれても1,2日会社を休めば「クソッタレ」と復活できる。

いろいろ考えて「ふてぶてしいからだよな」「芯の強さがあるんかな」と思っていたのだが、いまいち納得がいかなかったところ「サイコパス属性」というものを知って、結構納得したのだ。(以下の二作)

サイコパスに学ぶ成功法則

サイコパスに学ぶ成功法則

サイコパス 秘められた能力

サイコパス 秘められた能力

えーと、念のため。

私は極めて非暴力的です。

当然、前科なし。

妻に手を挙げたこともない・・・はず。と思ったが、ここは非常に重要なところであるから、念のため妻に聞いたら「・・・一度だけ手を上げられた気がする・・・。拳固ではなくて平手打ち未満?痣はできなかった」ということを言われた。20年結婚していて、一発妻に手を挙げた。一度も手を上げない人も珍しくはないはずだから、潔白とは言えない。ここはありのままに提示しておく。

血を見るのは大嫌い。苦手。自分の血を見ると痺れて動けなくなるレベル。

性的方向性は同世代前後の異性に向かうということで極めてノーマル。

涙もろい。

共感力が高い。

なかなか残酷にはなれない。

以上、いろいろ苦労して今に至った自己評価。

どこがサイコパスだよ!

と言われても仕方がないと思う。

しかし、自己診断ではサイコパス寄りなのだ。

若い頃は、もっとサイコパスだった。間違いない。

いろいろ経験したり、本を読んだり、哲学に近づいたり、禅に傾倒したりして「あるべきは?」「正しい生き方は?」などと20年近く省察していると、自分勝手方面のサイコパス属性は、緩やかになるようなのだ。

特にカントね。定言命法。これは、カスだね。今になって思う。ニーチェが正しいのだ。

でも、今分かって良かった、という気もしないでもないのだ。

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自分が弱ASDで、強ADHDで、サイコパス属性を持ちつつ一部を克服した存在だと思えば、今自分が、結果的にこうしているということが非常に腑に落ちるのである。自分のブログがイマイチ受けないのも、それが理由だろう。

ということで、SNSに疲れて久しぶりにブログを更新してみたのである。

サイコパスネタはもう少し更新する可能性があると思う。以上。